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十勝毎日新聞社ニュース

十勝鉄道廃路、私鉄の歴史に幕

2012年05月23日 14時10分

 十勝鉄道(帯広市、大和田裕一社長)は、JR貨物の帯広貨物駅から日本甜菜製糖芽室製糖所の約5.4キロで運行している十勝最後の私鉄事業を5月末に終了することを、23日までに決めた。帯広貨物駅まで砂糖などを輸送していたが、6月以降はトラック輸送に切り替える。路線を共同利用していた日本オイルターミナル帯広営業所が5月末で廃止されることから、コスト増で路線維持が難しくなった。この路線の廃止で、十勝の私鉄の歴史に幕が下ろされることになった。

日甜芽室工場構内からコンテナを積み出発する十勝鉄道の車両

 十勝鉄道は日甜の100%子会社で1923年設立。同社の事業のほとんどはトラック輸送で、会社は存続する。鉄道は芽室製糖所製糖量の約10〜15%に当たる年間2万〜3万トンを輸送、ピーク時の80年ごろには約8万トンを運んでいた。

 同社の鉄道の歴史は日甜の前身「北海道製糖」が運搬専用路線を運用開始した21年にさかのぼる。23年に十勝鉄道に運行が移管され、24年には旅客輸送もスタート。最盛期の昭和初期には帯広大通から八千代や戸蔦、上美生行きの路線を運行した。

 26年の輸送人員は約8万6000人を数え、沿線住民からは「トテッポ」の愛称で親しまれた。その後、鉄道輸送から自動車輸送へと変わる時代の流れの中で、59年に旅客営業を終了。77年に帯広貨物駅−芽室製糖所間を除く全ての路線が廃止された。

 芽室製糖所への路線は70年に開設。帯広工業団地専用線として市産業開発公社が敷設した路線に、日甜が線路を継ぎ足して製糖所まで引き込んだ。

 ピーク時は工業団地の企業など13社が路線を使っていたが、現在利用しているのは日本オイルターミナル帯広営業所のみ。石油元売りのJX日鉱日石エネルギー(東京)が同営業所の利用を停止することに伴って、路線の利用もやめることになった。

 日甜側は費用を全て負担しての運行継続は難しいと判断。現在は芽室製糖所へ1日3往復しており、6月以降は製糖所からコンテナをトラックで帯広貨物駅まで運び、JR貨物に載せ替える。

 線路は芽室側の日甜所有区間は撤去される予定で、市産業開発公社所有区間の今後は未定となっている。十勝鉄道の社名はそのまま残される見通し。

 十勝鉄道の親会社の日甜は「歴史ある鉄道がなくなるのは残念だが、コストが高く、やむにやまれず利用停止となった」としている。運行終了に伴う催しなどは未定。

十勝の私鉄
 十勝鉄道の他、清水、鹿追などで運行していた河西鉄道(1921年開業)、新得−上士幌間で営業していた北海道拓殖鉄道(28年開業)があった。46年には十勝鉄道が河西鉄道を吸収。道拓殖鉄道は68年に全路線を廃止した。十勝唯一の私鉄路線となった十勝鉄道の芽室製糖所線は、鉄道ファンからも人気を集めていた。

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