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福永武彦 戦後の日記見つかる

2010年09月07日 14時34分

 帯広中(現・帯広柏葉高)英語教員を務めるなど、帯広ゆかりの作家福永武彦(1918〜79年)が戦後につづった日記が初めて見つかった。疎開先の帯広で過ごした親子3人の生活や結核治療を受けた帯広療養所での苦悩、新しい形の文学を志す意欲などが表現されている。「愛」と「孤独」を主題にした福永文学の成り立ち探究に役立つとして、研究者の注目を集めている。

福永日記の意義を語る池澤さん(手前)。奥は田口さん

 息子で作家の池澤夏樹さん(帯広出身)らが6日に都内で発表した。発見されたのは1945、46、47年と52年の日記。45〜47年の日記の一部は文芸誌「新潮」10月号(道内は9日発売)に掲載、全文は来年夏までに出版する予定。また、49年日記の存在も分かり、池澤さんは情報提供を呼び掛けている。

 日記の存在は分かっていたが、福永の死後流出し行方不明に。発見のきっかけは、福永研究者で札幌手稲高教諭の田口耕平さん(元帯柏葉高教諭)で、2000年にある人物から47年日記のコピーが届けられた。池澤さんの母で福永の前妻原條あき子氏(詩人、2003年他界)の意向もあり、公表を控えていた。

発見された福永日記

 日記は人生の局面が変わる時期に書いたとみられ、創作活動のため帯広を旅立ち混乱する東京や信州で暮らす様子、作家としての活躍を志しながらも押し寄せる生活苦に耐える姿、先の見えない療養生活への不安などがつづられている。45年日記では「日記は僕の彼女(妻)へのサンセリテ(誠実さ)だ。そしてそれは同時に僕自身の心へのサンセリテだ。何故なら、僕はここに嘘を書かなかったから」と記述、妻への愛や幸せな家庭生活を願う気持ちがうかがえる。

 池澤さんは「若い文学者が創作しながら人生を構築できるのか、クリティカル(重大)な段階の記録として共感と同情を持って読むことができた。当時の社会の雰囲気をうまく写し取っていて、日記文学として一定の価値がある」と語った。

 編集協力した田口さんは「伝記の上で、福永の帯広時代は完全に抹殺されていた。療養所など帯広での体験の意味が大きく問い直される」と日記が持つ意義を強調した。

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