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高木 次は自分の力で スピード女子史上初の「銀」

2010年02月28日 14時08分

ソチへ続く財産
 少し遅れてリンクに飛び出した高木美帆(札内中3年)が穂積雅子(ダイチ)と抱き合った。日の丸を背負ったウイニングランに笑顔がこぼれた。1度もレースに出ることがなかったため銀メダルはもらえない。だが15歳の高木にとっては「自分の中では今はまだメダリストにならなくてよかった。この思いがソチにつながると思う」とかけがえのない経験になった。

 選考会で団体追い抜きのメンバーに大抜てき。五輪前の合宿のわずかな期間しか本格的な練習はできなかった。控えの立場だったが、チームジャパンの一員としていつでも出られる準備をしてきた。レースへ出たかった思いを問うと「もちろんあるけれど、先輩たちが五輪に懸けてきた思いは違った。一緒に戦わせてくれたことに感謝したい」と答えた。

 エース穂積は「美帆の分も頑張る」と言って高木の手袋をしてレースに臨んだ。表彰式の後には3人が銀メダルを高木の首にかけてくれた。『重いな』と思った。先輩たちの快挙を喜ぶ気持ちと同時に、別の感情もこみ上げていた。「次の五輪では自分の力で、個人種目でもこんな思いがしたい。パシュートも任せてもらえる力をつけたい」。心の中に思いを刻み込んだ。

 レース前に4人と円陣を組んで送り出した日本選手団の橋本聖子団長は「美帆もいい経験をしたと思うし、100分の1秒の重みと悔しさもソチに向けたバネになる」と確信する。初めての五輪を終えた高木は名残惜しそうな表情を見せた後、「自分にいろいろなものをくれたと思う。ソチに向けて、もっとやってやろうという気持ちが大きくなった」とうなずいた。(古川雄介)

高木選手の労をねぎらい、将来の活躍を願ってくす玉を割る柿崎会長、高木美佐子さん、岡田町長、林郁男教育委員長(右から)=午前7時半ごろ、折原徹也撮影

幕別でPV応援
女子団体銀メダル「美帆、励みにして」

 【幕別】「やったー」「おめでとう」。28日行われたカナダ・バンクーバー冬季五輪スピードスケート女子チームパシュートで、日本の銀メダルが決まると、パブリックビューイングの会場となった町百年記念ホール講堂に歓声と金を逃し残念がる声が入り交じった。メンバーの1人、町出身の高木美帆選手(札内中3年)は出場しなかったが、集まった人たちは日本の健闘をたたえた。

 午前5時30分から行われた準決勝には約50人が来場。スタート前、テレビのアナウンサーが前日(準々決勝)と同じメンバーで滑ることを伝えると、会場から「あー」と高木選手が出場しないことを残念がる声が漏れた。

 レースが始まると、集まった人たちは食い入るように画面を見詰め、ポーランドとの差が広がるたびに「いいぞー」と声が上がった。銀メダル以上が確定するといすから立ち上がり、一斉に歓声が響いた。

 ドイツとの決勝レースでは、最後の後半までリードを保つ展開に、会場内の歓声は除々に高まり、胸の前で手を握り祈るように応援する女性も。ゴール後は「おめでとう」「頑張った」と大きな拍手が送られた。

 会場には高木選手の母、美佐子さん(47)も駆け付けた。「娘は、出なくても同じ気持ちでいると思う。先輩と共に練習させてもらえ、素晴らしい経験になったと思う」と話した。日本の銀メダルは「金は惜しかったが、選手が1つになり力を出し切った」と選手たちの健闘を称賛した。

 元帯広スケート連盟会長の関根幹夫さん(79)=札内桂町在住=は「チームプレーの新しい種目を見て興奮した。銀メダルは高木選手にとってこれからの大きな励みになる。既に十勝のスケートを滑る子供たちにとっては、美帆の記録を破らないと五輪に出られないという目標になっている」と声を弾ませた。レース後、会場では高木選手の労をねぎらい、美佐子さん、岡田和夫町長らがくす玉を割り、応援する会の柿崎俊男会長の発声で万歳三唱し、将来の活躍を願った。(平田幸嗣)

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