十勝毎日新聞社ニュース
中川氏 戦術誤り「比例復活」逃す
2009年08月31日 14時01分
欠いた地域対策“4600票”
今衆院選では、民主党の石川知裕氏が更別村を除く18市町村で中川昭一氏を上回った。票差は2万8837票(市区は1万1111票、町村部は1万7726票)。中川氏は9万票台に乗せることができずに差は広がり、惜敗率は75.6%。道5区の町村信孝氏(82.7%)に及ばず議席を失った。
(衆院選取材班)

民主陣営は基礎票を6万5000票と設定。投票率を70%程度と仮定し、2007年参院選の新党大地系の多原香里氏の管内得票(4万8000票)を上積みすれば10万票台に乗ると想定。運動期間中は「比例は大地」を訴え、自民サイドの大地票の切り崩しを防いだ。
これに対し中川陣営は、6月に市内70以上はあった地区連合後援会を60余りに再編。役員が高齢化した地区は顔ぶれを替えるなどの手立てを取った。ただ町村部は機能せず、公示後も町村と市区の両にらみで運動展開を余儀なくされた。最終盤は「TSUNAMI作戦」(1人10件の新規開拓)も展開、市区では票差を縮めたがそれでも1万票の差が付いた。
微妙に見誤ったのは「惜敗率勝負」の判断。一部上層部には早くからその認識はあったものの、陣営全体に危機感が広く浸透したのは、各社の世論調査が劣勢を伝えるようになってから。比例議席の復活枠が2議席と限られる中、1つでも小選挙区での当選者を増やそうと、7区の伊東良孝氏の支援を十勝から電話で呼び掛けた。
この間、中川氏本人は民主党政策(マニフェスト)やマスコミへの批判を繰り返し強調。複数の陣営幹部は「民主を批判してばかりいても有権者は反応しなかった。むしろ『こうするんだ』というビジョンを説くべきだったが、本人は聞かなかった」と、中川氏への批判がくすぶっていた。
自民サイドにとってはハリケーンのような逆風だったが、単純計算で石川、中川両氏の間で約4600票がひっくり返れば、惜敗率は町村氏と並んでいた。いま1歩のところで比例復活を逃した背景には、幹部間に中川氏への不信感が募り、最終盤の運動が盛り上がりに欠けてしまったことがある。
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