町を離れた人が郷愁を抱く風景
十勝川に架かる豊頃大橋と平行し下流には十七年前までは国道38号だった茂岩橋がどっしりと構えている。国道という主役の座は豊頃大橋に譲ったものの、川で町が二分されている町民にとって今でも重要な橋だ。
茂岩橋は、着工から既に六十五年が経過。着工から現在の姿になるまでには二十六年もの歳月がかかっている。一九三五年(昭和十年)、住民の念願だった永久橋の建設に着工したが、三七年には戦争のため橋脚四基を建設しただけで中断されてしまった。再開されるのは戦後、五一年になってから。地盤の悪さや十勝沖地震によって、橋脚一基が傾くというアクシデントがあったが、二年後には、現在のトラス構造の中央部分三百三十二メートルが完成し五三年十二月、渡り初め式が開かれた。
しかし、橋への取り付け道路が幾度となく水害で流され通れなくなった。このため五七年、両側合わせて約六百十メートルの延長工事に着工し、六一年十月に現在の姿の橋が完成した。同じ橋で二度目となる渡り初め式が盛大に開かれた。当時、全長九四五・八メートルは全道一の長さを誇っていた。
札幌、東京の豊頃会は結成十周年を記念し茂岩橋のテレホンカードを作った。古里を遠く離れた人たちにとって、子供のころ真冬の強風が吹く中、震えながら茂岩橋を渡り、毎日学校に通った風景は、古里の大切な思い出となって心に焼き付いている。完成から四十七年たった今でも、冬には白い息を弾ませながら中学生が通学し同じ光景が繰り返されている。
(豊頃・平田幸嗣)(00.12.22)
|豊頃町の二里塚|茂岩橋|豊頃農協撰果場|東工連のサイロ| |吉野台地の遺跡群|吉野の六地蔵|乳神神社|ハルニレの巨木|
|清水編|芽室編|幕別編|ルート236編|
|