開拓、戦争から守り通した大木
芽室坂から国道38号を帯広方面に走ると、右側に大きな木々に囲まれた緑いっぱいの場所が現れる。町民意識調査で、町内で最もすばらしいと思う施設にも選ばれた芽室公園だ。
20.2ヘクタールの公園のシンボルは、町木でもあるカシワ。樹齢5、600年といわれる大木を中心に数十本自生している。でもこのカシワ、実は過去に2度「伐採の危機」にあっているという。
「1度目の危機は、開拓の最中、畑にされそうになったとき。地主だった遠山房吉が『残して馬の休み場にする』と反対した。2度目は、戦時中、数千人規模の連隊が芽室にいたとき、まきにするために切らせるように申し入れてきたのを、当時の大村捷三経済課長(後の町長)と寺西洋三教諭が「『このカシワの木は絶対切らせない』と守った」。語ってくれたのは、祖父・房吉氏の代から同公園の向かいに住む、遠山茂雄さん(75)だ。
町100年史によると、1900−07年まで、房吉氏が官設駅逓(えきてい)取扱人に任命され、遠山家は芽室駅逓所となった。現公園敷地内で馬を放牧し、旅人や移住民の宿泊所や馬の貸出所として利用されたという。馬の休み場は、確かに必要だった。
カシワの木を切らせなかった本当の理由は、今となってはだれも分からない。だが遠山さんは「今、公園を訪れた人が、立ち止まって立派なカシワの木を眺め、喜んでくれる。その様子を見ると、祖父の行為は、個人として考えてもありがたかった」という。その上で「今あるカシワを健康に保つような対策と、後継ぎとなる若木を植えて」と“町の財産”の継続を要望する。
昨年、開町100年を迎えた芽室町。人の往来を見つつ、休息場所を与えてきたカシワ。世紀を越え、訪れる人は代わっても、その役割と存在感が変わることはない。
(植木康則、芽室編おわり)(00.8.21)
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