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勝毎ジャーナル | KACHIMAI |
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故 郷 自分にとってかけがえのない場所 一九四四年暮れ。択捉(えとろふ)島から進学のために札幌に出ていた鈴木健二郎さんは不安にかられていた。定期的に届いていた両親と姉からの手紙がプッツリと途絶えたからだ。家族とは既に三年も会っていない。札幌では自分と年齢がそれほど変わらない若い人たちまでが次々と徴兵され、街からどんどん人がいなくなっていた。戦争は消耗戦となり、十八歳だった鈴木さんもそんな情勢を肌で感じていた。「みんな無事なのか」。確かめるすべはなかった。
択捉島中部にある別飛(べっとぶ)。郵便局員の父に母、二歳上の姉とともに過ごした村だ。人口二百五十人の小さな漁村で、大漁ともなると多くの働き手が集まった。よく覚えているのは、気のいい母が近所の人たちを食事に招いていたことと、短い夏に海水浴を楽しんだこと。
一通の通知書が届いたのはそれから二年後だった。家族が無事、引き揚げてくるという短い知らせだった。「感激して通知書を持つ手が震えた」という。十月に家族を乗せた船が函館港に到着し、六年ぶりに再会した。父親は年を取ったように見えた。「相当苦労したんだ」。名を呼び合いながら、皆で大泣きした。
生まれ故郷へ行くのが夢だった。実現したのは九五年。戦争が終わって五十年がたっていた。墓参が目的の短い“夢”ではあったが。降り立った故郷の山や海は何の変わりもなかった。しかし、当時の建物やあったはずの親類の墓は跡形もなく、「自分の存在を確認できるものがなくて、寂しい思いだった」。長すぎた月日の経過を悔やんだ。 札幌に進学したころは将来「先生」になって故郷の学校に勤めるつもりでいた。戦争や抑留がなかったら自分の人生はどうなっていたのだろう? 「変わらないのは故郷は自分にとってかけがえのない場所だということ。みなそうですよね」。墓参で持ち帰った択捉の砂を見つめながら、そうつぶやいた。 (猫島一人)(00.7.14)
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