ウタリは今〜アイヌ新法元年[2]

文化の継承〜回帰誘うムックリの音色

子供のころ、かあちゃん、ムックリ弾いて、弾いて、とよくせがんだもの。それを聴くと夜、よく眠れたし、リラックスできた。大好きだった」
幕別町在住の安東ウメ子さん(64)は子供のころを懐かしそうに振り返る。

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帯広で開催された第5回アイヌ民族文化祭での帯広カムイトウウポポ保存会の踊り(1993年1月)

「親が今、ムックリやるからな、と言って、クマが穴から出てきて、ウェー、ウェーとほえ、狩人は犬を連れてワン、ワンなどと情景を説明した後、ムックリを弾くんです。音色を聴くと頭にその情景が浮かんで。親がやることはすてきだったんですね」

「家で親が弾いているのを聴いていると、自然に覚え、7、8歳ころには弾けるようになった」。安東さんの家には台所、居間などどこにいても手が届くところにムックリが置いてあり、生活に密着している。たくさんありすぎて数は分からない。「良いことがあると弾きたくなるんです」

安東さんの今一番の楽しみは、子供たちにムックリを聴かせることだ。東京の和光小学校にもムックリを弾きに行ったこともある。安東さんが宝物と言って見せてくれたノートには、子供たちの感想がびっしりと書き込まれている。

「子供はムックリを聴いて、かんかんピカピカと聞えるんですね。私もかあちゃんの出だしのリズムはずっとテン、ハマ、テン、テンと聞えていたもの」と笑う。

そんな安東さんも現在、所属しているアイヌの舞踊や歌謡を伝承している帯広カムイトウポポ保存会については顔が曇る。「昔は歌う人が6人もいたが、今は私ともう1人の2人しかいない。常に言っているのですが、なかなか歌う人が出てこない」

保存会は現在、会員は45人いるが、男性会員と歌い手は少ない。帯広百年記念館の内田祐一学芸員は十勝のアイヌの人たちの特徴を次のように説明するのだが・・・。「十勝は民族の自立活動が早い時期に始まっている。また、帯広は昔から踊りの練習に親が子供を連れてくるなど、ほかの地域に比べて子供が多い。

さらに、内田学芸員と同保存会の吉根憲一会長が担当した岩波講日本文学史第17巻の「歌謡の伝承−十勝」の項では、次のように保存会の歌い手不足を指摘している。「舞踊のように模倣によって体得しやすいものとは異なり、発声方法はなかなか模倣が困難なことから、どうしても練習がしにくく敬遠されてしまう。だが、現在、歌い手が2、3人で、皆高齢者であるという状況を考えると、早急に歌謡の練習を始める必要がある」

アイヌ文化と伝統をどのように伝承していくか、改めて考えなければならない時期にきている。(社会部=竹村浩則)


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