| 境界の風景[8] 第1部「心の病をめぐる日常」 |
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日本の精神医療はなぜ収容主義が続いているのだろうか。 アメリカやイタリヤ、イギリスなどでは、1960年代から精神病院を解体。脱施設化を行い、患者は地域で治すという政策を取り始めた。 「その骨子は人権主義。欧米ではヒューマニスティックな考え方が流れているわけです」と門屋さんはいう。 −日本の場合は政策的な問題なんですか、それとも、文化や人の心の違いなんですか?
近代化の中で、何を豊かだと考えるとき、日本は効率や目先の利益だけを選択してきたということなのだろうか。 「そう。いまだに、そういうものの価値尺度っていいうのが生きていると思いますよ。もう、そういう時代は終わったって言うけど、測る尺度が違うんだと思う…」 門屋さんの口からはそんな言葉が出てきた。 栃木県の宇都宮病院で、精神病患者が准看護婦と看護助手ら4人の手で撲殺されたのは94年3月のことだった。 この「宇都宮事件」以後、日弁連が中心となり大々的なキャンペーンを行うなど、閉鎖的な日本の精神医療の状況を問題視する声が上がった。 こうした外圧の中、87年、日本政府は「精神衛生法」を患者の人権擁護と社会復帰をうたった「精神保健法」に改正。それまでの収容一辺倒だった精神医療に対する考え方を一変した。さらに95年には「精神保健福祉法」に改正。精神病患者は障害者として認められた。 だが、今年に入り、大阪の大和川病院など全国の数カ所の精神病院で、再びずさんな診療内容や不当な隔離などが問題となっている。 「たまたまですよ、外に出たのは。法律が改正され、はっきりしてきたことは良い病院と旧態依然とした病院が二極分化してきた」と門屋さんは語った。(後藤一也)
取材中、一流大学を卒業し、営業マンとして活躍していたという精神障害者の男性と会った。 「効率や成績が大切なのだと疑わなかった。会社の同僚が成績が悪くて辞めていく姿をみても『仕方がない』と思っていた。だが、そのうちもうひとつの声が聞こえてきた…」 そして発病。入院して「効率だけではなく、無駄なものの中にも大切なものがあると知った」という。
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