| 境界の風景[13] 第1部「心の病をめぐる日常」 |
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新聞社に電話をかけるなんて変な人だと思われるかもしれないと思ったんですけど、記事を読んで…。精神病院に通院する帯広市内の20代の女性(主婦)は語った。いわれのない差別を感じてきたという彼女は、しっかりとした口調で取材に応じてくれた。 鉄格子に囲まれた閉鎖病棟に入院したのは自殺を防ぐためだった。 初めて病院に行ったのは20代前半。夫婦間のトラブルをだれにも相談できずにいると、みるみるやせた。 そのやせ方が尋常ではないと、両親に連れられ精神病院に行き、有無もいわさず入院となった。拒食症、不眠、自殺企図。「鬱(うつ)病」と診断された。5年間にわたりに7回の入退院を繰り返した。 現在は安定剤をのみながら、通院は続けている。病気のことは、理解してくれそうな人にだけ話すことにしている。 だが、分かってくれる人ばかりではない。彼女の入院歴を知らない知人の間で、「精神病院の鉄格子の中にいる人は(幼女連続誘拐殺人事件の)宮崎勤みたいな人ばかりなのね」という話題が上がることもある。「ひた隠しにしながら生活するのはやっぱり窮屈だ」と思う。 閉鎖病棟に入院していたというだけで「何をするか分からない人」という偏見の目で見る人もいる。入院を知る人から「この人、頭おかしいから怖いよ」と指を指されたこともある。 「何ともなく暮らして、何ともない人間に見えても、自分の中での戦いは続いているんです」と女性は話す。自分が立ち直りかけて、やっと落ち着いてきたときに、新たな“いわれのないこと”が耳に入ってくるという繰り返しだった。 病気の原因となった家庭内のトラブルは既に解決している。だが、今でも漠然とした不安感に襲われて、生きているのに耐えられなくなるときがある。 病気のつらい記憶に加えて、今では「社会的な肩身の狭さ」もその一因だと思う。 女性には病気の影はみじんもない。ハキハキと明るく話す様子は、快活な印象を与える。 「大丈夫っていいながら、かなり傷ついているんですよ(笑)。そうやって自分を大丈夫って暗示をかけていないと、やっぱり崩れちゃいます」と笑う。 「心の中のことを表現するのは抽象的で難しいんですけど、例えば、青空を見ても普通の人が感じるように『あー、きれいだな。気持ちがいい』って素直に思えないんですよ。世界に1枚、色のついたフィルターがかかったような状態…」 病気であることは間違いないからと、それを否定せず、素直に受け入れ始めてから、少しだけ楽になった。 「欧米は、自分たちはこういう文化で暮らしてきたけど、ほかの文化や人種があるということを肌で感じている。日本はね、自分と違う考えの人は変だってなってしまう」 外国で暮らしたこともあるという女性は、いま、この十勝でそんな風に感じている。(後藤一也・第1部おわり)
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