| 境界の風景[10] 第1部「心の病をめぐる日常」 |
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十勝管内でも、共同住居など精神障害者施設を街の中に造ろうとすると、たいていは住民から反対の声が挙がってきた。それは現在も昔も変わっていない。 反対の理由は「精神障害者だから、若い女性や子どもに何かするのではないかという“漠然とした不安”があるから」というのがほとんどだ。 1982年以来、管内のケースワーカーらが、病院に収容されている精神障害者たちを何とか社会復帰させようと、施設整備を行ってきた。住民の反対で建設を断念したこともあった。 法的には精神障害者が地域に住むための場所を造るために住民の同意を得る必要はない。関係者はいつしか「住民に説明しても無理と、ゲリラ的に建設するようになった」という。 以前、施設建設に対し反対の声が挙がった地域を取材したことがあった。その代表者の男性はこう語った。 「今の時代にこんなことを言うと問題になることは分かっている。でも、施設が必要なのは分かるけど、いざ自宅の前に建つとなると反対せざるを得ない。結局、みんな対岸の火事なんだよ。だれもがいいことを言うし、理屈では分かるけど、異常犯罪が報道されるのを見ていると、やっぱり精神障害者には不安がある」 こうした住民の思いの残る中、障害者たちはそれでも地域の中でひっそりと生きている。再発をしないように心掛け、人によっては不安になると時々、施設やケースワーカーに電話しながら。 帯広市内の住宅地の中にある支援アパートの1室で、ある精神障害者の男性(48)はこう語った。 「社会の意識が1時代前の意識なんです。精神障害者はいつ何をするか分からないと思っている。だから隔離しようとする。偏見を無くすためには交流が必要です。健常者からの呼び掛けを待っているだけではなくて、僕たちから交流を求めていく態度が必要だと思う。食わず嫌いはやめてください。交流してください。健常者も嫌でしょうね、(精神障害者が)暴力団みたいで…(笑)。でも危険なのはわれわれではなくて、それを排除する世界なのではないかと思う」(後藤一也)
「入院中の重病患者や病院に来ていない人は別として、退院して通院している人が見知らぬ人に暴力をふるうことは、ほとんどありえない」(伊藤哲寛道立緑ケ丘病院長)という。だが「99%大丈夫でも残りの1%が不安」(関係者)というのが住民の論理なのだ。 貞本晃一帯広保健所長は「障害者が記事になるのは事件のときだけ。偏見があるから実態は隠されている。だが、その社会的偏見が結果的に何らかの事件を生むことにもつながりかねない。偏見があるから病院に行けない。しかもそういった閉鎖的な社会に暮らしているから、ますます重症化が進むことにつながる」と語る。
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