勝毎ジャーナル
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無農薬有機農業貫く

新得町・宮下 喜夫さん

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新得町新内の畑でソバを手刈りする宮下さん
「環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)などが今問題になっているが、1970年代にも公害、資源、人口問題がいろいろ騒がれた。その当時から農業は生きる基本であり、農薬、化学肥料を使わない有機農業をすることが人間、そして自分が生きるためにも重要と思っていた」

宮下喜夫さん(48)は京都生まれ。神戸の甲南大卒後、約1年間、福祉施設に勤務したが、農業をやりたくて退職。北海道を旅行している途中の民宿で、新得町でシイタケ栽培を始めた関根悦郎さんの話を聞いて興味を持ち、会いに行った。

それがきっかけになり、77年、地域の農家で1年間実習。翌78年、新内の土地約3.89ヘクタールを友人と共同で取得、宮下さんの分の2.2ヘクタール中1.8ヘクタールを畑にしている。



初年度は素人仕事、豊作による低価格などで失敗したが、本州の共同購入グループ用に作ったわずか10アールの無農薬のニンジンから、毎年、グループ購入が増えだした。共同購入グループに出荷している芦別や赤平の農家から堆肥(たいひ)づくりを学ぶなど、試行錯誤を繰り返し、87年からは全農地・作物を完全無農薬化で栽培、94年からは化学肥料も完全にやめ、有機肥料のみになった。

現在、この方法でソバ、カボチャ、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、ハクサイ、ダイコン、スイートコーン、コマツナを栽培。宅配と道内外の有機農産物を扱う八百屋を通じて、共同購入グループ約20件と個人約50人に安全で新鮮な農産物を提供している。中でも、ソバは手刈りし、製粉工場で加工したものを乾そばにしてオリジナルの「新内そば」と銘打ち、販売している。


「こんなおいしい、イモやカボチャを食べたことはない」。こうした反響が毎年必ず寄せられる。家族は文代夫人(47)との間に一男二女の5人。

「もちろん、楽ではない。しかし、時代は当初思い描いたように進んでいる。やってきたことは間違いなかった。環境問題に対する認識が広がり、有機農業も市民権を得た。スーパー、デパートでも有機農産物が扱われるようになった。でも、“悪貨”が“良貨”を駆逐することがないように…」。時代をしっかり見つめながら、きょうも信念を持って耕す。(政経部=小野寺裕)(1998年9月16日紙面より)

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