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十勝毎日新聞社
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Obihiro Tokachi Hokkaido Japan
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[2008.04.27]
売上高48億円の「バナナ王」
山田 勇次さん(60)=音更町出身
「大事な土地を手放して来た」…走り続け夢実現
 サンパウロ市から北に約1200キロの都市ジャナウーバ。人口7万人の小さな街の郊外に、「バナナ王」の農場は広がる。

 「北海道や十勝のように地平線が見える土地を探していた。ここは可能性のある場所」。果物の生産、卸売会社を経営する山田勇次さん(60)=音更町出身=は、青々としたバナナ園を見渡した。

1万ヘクタールに果物、肉牛
 9カ所に分かれたバナナ園は約1000ヘクタール。年間3万トンを出荷する。甘くて人気のプラッタ種を手掛け、国内向けの販売量はブラジル1位。マンゴーやカジュー、カジャマンガの果物に加え、3000頭の肉牛も飼育する。会社が所有する土地の総面積は1万ヘクタール、売上高は48億円に上る。

収穫施設で部下に指示を出す山田さん。1代で「バナナ王」の会社を築いた
 一代で築いた山田さんは「ヘイ・デ・バナナ(バナナ王)」と呼ばれている。

 山田さんが海を渡ったのは1960年、13歳だった。農家の父は音更町木野の土地を売って、家族9人でサンパウロ州レジストロに入植した。農作物が1年中取れて暖かい。戦後の物資不足の時代に夢が膨らんだ。だが、その父は2年後に病死。後を継いだ兄の茶の栽培を手伝った。

 「バナナを育てたい」。ずっと胸に抱いていた夢を実現するため、20歳のときに、周囲の反対を押し切って、土地を借りて独立。バナナ栽培は成功し、次に目を付けたパッションフルーツも、米国のジュース需要で売れに売れた。

「動機善なり−」自問
 条件のいい場所を探して、36歳でジャナウーバに移った。第二の挑戦だった。軌道に乗るまで時間がかかったが、常に動機を自問自答する「動機善なりや、私心なかりしか」など、稲盛和夫氏(京セラ名誉会長)の経営哲学を支えにくじけなかった。

 移住して10年、初めて帰国した際、「今も思い出す」と振り返る出来事がある。音更に立ち寄ると、「山田さんが売った木野の土地は、今では何億円にもなる」と知人が教えてくれた。大事な土地を手放し、ブラジルに渡った父親の顔が浮かんだ。「それに負けないだけの農場を作らないと(ブラジルに)来た意味がない」。今の原動力になっている。

一面に広がる山田さんのバナナ園
集大成は道産子農園
 ジャナウーバ市の郊外に3年前、1200ヘクタールの新しい農場を買った。うち400ヘクタールにバナナを植え、これからオレンジなど果物を増やす予定だ。

 目標は、この先10年で生産量を10倍にして、ブラジル全27州に販売拠点を出すこと。「僕の最後の夢、最後の挑戦になる」。新天地で走り続けた半世紀。集大成にする農場を、古里への思いを込めて「道産子農園」と名付けた。
(安田義教)

取材を終えて
 強い意志伝わる
 「ブラジルのバナナ王」と聞き、口ひげに体の大きな豪放な人物を想像したが、18時間の長距離バスの先に待っていたのは語り口も穏やかな紳士。山田さんの口からは何度も「夢」という言葉が出て、目からは強い意志が伝わってきた。


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