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十勝毎日新聞社
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Obihiro Tokachi Hokkaido Japan
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[2008.09.09]
 十勝農協連会長 佐藤 茂さん
 ■6  家畜共進会場の移設

「同じ理念で仕事する象徴に」
 「いよいよおいでなすったな」と直感的に感じました。

 1996年7月、第29回十勝総合家畜共進会の開会式前のことです。当時、共進会場は帯広競馬場の向かいにありました。本部席で農協の畜産担当者らと雑談していると、5、6人の人が歩み寄ってきました。中には共進会に似つかわないスーツ姿の人もいます。それは十勝で牛の改良に熱心な方々でした。

 「実はお願いにあがりまして」と渡された角封筒の中には全天候型共進会場建設の要望書。敵もさるもの、素晴らしいタイミングだと思いました。農協連の源流は牛馬生産組合や馬匹組合。これだけの基盤を築いてこられた畜産農家になんとしても報いたいと、かなり強い思いで建設を決めました。

 ただ、実現に向けたハードルは高かった。費用対効果に場所の問題。住宅化が進む中、競馬場前は無理ですし、利便性を考えると帯広近郊ということになります。しかし、市周辺の農協はいずれも管内トップクラス。誘致で綱引きが始まっていらぬトラブルが起きてもと頭を悩ませたものです。

 JA広尾町の組合長だった鯖江義信副会長(当時)と稲村裕文専務(同)とで内々に場所選定をするうち、農協連の畜産担当者から「ホクレンの家畜市場(音更)にかなりの敷地がある」という話が出ました。

 私はそれにピンと来ましたが、すぐには口に出せませんでした。実は十勝で広域事業を担う農協連とホクレンは事業の多くが競合し、歴史的に仲が良くなかったのです。しかし、農協連もホクレンも全十勝の会員農協、組合員のために仕事をしている。農協連内部からも異論が出ましたが、「おれたちの仕事は誰のためだ」と説得したらみんな黙ってしまい、ホクレンの土地に農協連が建設することを固めました。

 ホクレンの木原竹弘副会長(当時、故人)に相談したら快諾をいただき、97年12月の臨時総会でゴーサインが出た。

 工事も大詰めになった時、旧共進会場の移設が急に頭に浮かびました。これまであの吹き抜けの建物を十勝の畜産農家がいとおしく飼育した何万頭という家畜がくぐっていった。これを残したいと打ち明けたら、みんなの賛成をもらいましたが、移設費用の当初見積もりは想像以上。困りました。そこに帯広市の市川組が「十勝の由緒ある建物の移設に携われて会社としても名誉」と破格の額で請け負ってくれた。これは本当にありがたかった。

 こうしてホクレンの土地に農協連の建物が建つという“いびつ”なことが実現したが、後に職員には農協連とホクレンが同じ理念で仕事をする象徴として見てほしいと語りました。今後もその意識だけはずっと持ち続けてもらいたいと思います。
(この項おわり、聞き手・高田敦史)

次回は松本道子さんです
家畜共進会
 牛や馬の体形などを競って家畜改良を奨励するもの。管内初の共進会は1913年、馬54頭、牛42頭で開かれた。旧共進会場は、十勝農協連の前身の十勝畜産組合が32年に現帯広競馬場の向かいに建設。主に競り場として使用された。新たな共進会場は常設の屋根付き会場としては道内最大で総工費6億2000万円。「アグリアリーナ」の愛称で、共進会のほか各種イベント会場としても利用されている。
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