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十勝毎日新聞社
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Obihiro Tokachi Hokkaido Japan
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オッパイ山
「聖地」の言葉受け伝統儀式
[2005.11.16]
東泉園に設けられた祭壇の前に立つ川上道ウタリ協会上士幌支部長
 「私はアイヌ民族の一大聖地を見た」−。1980年5月、上士幌町十勝三股を訪れた山本多助エカシは、地元の人々から「オッパイ山」と呼ばれる美里別岳、西クマネシリ岳を初めて見た感動を著書「オッパイ山」(82年、上士幌町発行)にこう記した。

 30冊に上る著書の中で、自然と神々や英雄を題材にしたアイヌ民族の口承文芸の1つ、ユーカラ(叙事詩)の伝承に努めた山本エカシは、「オッパイ山こそ、ユーカラで神々の国土造りの舞台になった場所」とした。

 山本エカシを「オッパイ山」に招いたのが上士幌ウタリ文化伝承保存会(野村辰博会長)の初代会長で、町内の温泉宿「亀の子荘」経営者だった故菅野利光さん。菅野さんは「観光業に携わる者として地名の由来を知りたい」との思いから、阿寒湖畔にいた山本エカシを何度も訪ねた。

 「山本エカシと菅野会長がいなければ今の自分はない」と語るのは川上英幸道ウタリ協会上士幌支部長(62)。川上支部長は菅野さんの仲介で山本エカシに初めて会うまで、「おれはアイヌ語も分からない。アイヌ文化の伝承は偉い先生がやればいい」と考えていた。山本エカシは「釧路は釧路、阿寒は阿寒、十勝は十勝、地方によってアイヌの文化は異なる。十勝アイヌのあんたが残さなかったら誰が残す」と諭したという。

 それを機に、川上支部長は伏古コタン(帯広市西15−17北1丁目以北)の古老の元に通い、十勝アイヌについて学び、自分の土地にアイヌが食用にしたウバユリやギョウジャニンニクなどを栽培、そこをアイヌ植物園「東泉園」と名付けた。

 こうして85年7月、山本エカシの言葉に基づき、オッパイ山を「民族発祥の地」と位置付けたアイヌ伝統儀式「オッパイ山大祭」が東泉園で初開催された。初代祭司は山本エカシ、現在は川上支部長が務める。

 今年も開かれた同祭の3つの祭壇が今も同園内には立つ。中央にそびえ立つ3メートル近い祭壇が山本エカシの教えによる。同園には近年、教育関係者や坂本龍一など著名な芸術家がアイヌ文化を体感したいと訪れる。

 山本エカシは著書「オッパイ山」でこうも記している。「和人もアイヌ人も同じ人間であり公平な活動、行動そして交流する時代なのです。自分の郷土を知らずして郷土の繁栄は成り立たない」と。
(酒井花)



 「アイヌ民族復権運動の父・山本多助エカシ展」は18−20日、帯広市内とかちプラザで開催される。入場は無料。問い合わせは同実行委(0154-22-1175)へ。

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