| 蝦夷地を愛し趣味に生きた漢 自由人 武四郎 9.晩年の涅槃図 |
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還暦迎え悠々自適の境地に
「自分を釈迦に見立てた涅槃図を描かせるとは、何とも風変わり」と、道開拓記念館の林昇太郎学芸課長は指摘する。 涅槃図はもともとは釈迦の臨終の場面を描いたもの。インドから広がり、中国、朝鮮を経て日本に入り、奈良時代以降多くの涅槃図が作られた。「武四郎涅槃図も構図的には釈迦を描いた『仏涅槃図』を拝借している」(林学芸課長)という。 ■身近な人や収集品
涅槃図は、江戸期に入ると一般家庭にも普及するようになった。市川団十郎ら当時の有名人が亡くなった後、慕う人々が有名人らの涅槃図を作ることはあったという。だが、武四郎涅槃図が他の涅槃図と違うのは、当時64歳の武四郎本人が生前に描かせていることだ。 武四郎涅槃図の元軸には、「北海道人樹下午睡図」と記されている。林学芸課長は「自分を釈迦に見立てたのは、やがて訪れる死を意識し、臨終の際は身近な人や思い出の品々に囲まれて、木の下で昼寝でもするかのように旅立ちたいという思いがあったからでは」と推測する。 ■暁斎との付き合い 武四郎涅槃図を描いた河鍋暁斎は、絵画の一大流派・狩野派に師事し伝統的な手法を体得しただけでなく、浮世絵や戯画など対象を誇張した絵画にも才能を発揮したという。暁斎と武四郎の親交の深さは、武四郎の刊行本に暁斎が多くの挿絵を寄せていることや、暁斎の絵日記に武四郎がたびたび登場することからもうかがえる。武四郎涅槃図も暁斎が武四郎の家で制作したとみられている。 武四郎涅槃図には、束帯天神像や観音像など武四郎の信仰心をうかがわせる絵も含まれる。 林学芸課長は「観音には俗世間から逃れた隠逸思想があり、天神にもそうしたイメージが反映されている。武四郎も60歳を迎え、悠々自適な余生を送りたいという境地に達したのだろう」としている。(山本慶史)(04.07.19) |
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