空き教室の活用

京都府・小倉小学校


★高齢者福祉施設を設置★

自動との日常的な交流の場に


 紅葉真っ盛りの11月上旬、京都府宇治市内の住宅街にある市立小倉小学校(山田明校長)を訪ねた。北校舎1階をのぞくと、笑顔のお年寄りたちがいる。「クイズに正解したから肩をもんであげる」。6年生の男の子が声を掛けると、お年寄りが「うれしいねえ」とほほ笑んだ。児童とお年寄りがごく自然に交流する、ここでは日常的な風景だ。

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建設費は4分の1
 1995年、同校は増え続ける空き教室を全国で初めて高齢者福祉施設に転用した。市内中心部にある施設の有効活用や、費用が新しく建設した場合の4分の1程度で済むためだ。
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 同校の児童数は1980年のピーク時には約1400人、37学級あったが、少子化で徐々に減少し現在は652人、18クラス。当時、福祉施設の整備を進めていた宇治市がこの空き教室に目を付けた。全国で初めて総務省の地方分権特例制度の指定を受け、「学校の目的外使用」と難色を示していた文部省(文部科学省)の承認を得た。
 当時、市教委でこの事業を担当した宇治市役所の山本孝史建設部営繕課長を訪ねると「人口密集地の小倉地区には空き地がなく、コスト面でも新たに用地を購入してセンターを建設する場合より、約5億8000万円の経費節減につながった」と説明してくれた。
 97年には文部省(文部科学省)が余裕教室の一層の活用を図るため、従来転用のために必要だった同省の承認を報告書の提出で認めるよう改正。全国的に同様の取り組みが広まった。山本課長は「当時は教育委員会の仕事量が何倍にも増えて大変だったが、風穴を開けたという点ではわれわれの取り組みは大きかった」と胸を張る。

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「遊びに行きたい」
 学校敷地内に老人福祉施設ができたことで、当初は戸惑いのあった児童もいたが、「遊びに行きたい」と言い出したのも子供たちの方だった。

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教室の名残があるデイサービスセンターでお年寄りとふれあう子供たち
 児童がセンターを訪問して、歌や踊りを披露するようになると、「自然で息の長い交流をしよう」と教員らが福祉教育部を組織した。センター職員と連携を取り合うことで、昼休み中のセンターへの出入りを自由にし、翌年には児童会にも福祉委員会を設置した。
 同委員会のメンバーたちは、毎日昼休みに交代でセンターを訪れ、楽器演奏やゲーム、時には漫才や手品を披露している。辰巳奈穂さん(6年)は「お年寄りも楽しめ、こっちも楽しくなるようなことを自分たちだけで考えている」と目を輝かせる。
 お年寄りに「見てもらう」ばかりではなく、共に活動するという観点から、1年生が一緒にTシャツづくりをしたり、2年生はお年寄りとペアになって1年間にわたるケナフ栽培に挑戦している。大嶋良子教頭は「児童が決まったお年寄りと数人で交流することで、顔や名前を覚えるまでになった」と成果を喜ぶ。

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「ひ孫のようで…」
 一方、センターを利用するお年寄りにも、この形態の施設は好評だ。肩をたたいてもらった荒木シヅエさん(83)は「一緒に遊ぼうと来てくれる。ひ孫のようでかわいくてたまらない」と目を細めた。
 施設の有効活用という自治体の狙いが、核家族でお年寄りとのふれあいが少なくなった社会にバランスのとれた共生をもたらす結果につながっていると感じた。(岡村忍)(01.11.26)

 1873年に開校。パイロット自治体の指定を受け、1994年度の当初予算に老人福祉施設を設置するための整備事業費1億9000万円と、学校教育施設の整備事業費7100万円を計上。北校舎1、2階の空き教室8室を改造し、1階にデイサービスセンター、2階にデイホームと在宅介護支援センター、3階部分にはコンピューター室や視聴覚室を設置、教育施設の充実も図った。学校運営に支障が生じないよう施設専用玄関を設け、2階までの専用エレベーターも設置した。96年には市内の平盛小学校にもデイサービスセンターが設置された。



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