学力低下 

★「新指導要領でレベル下降」★

<発言者>
町村中学校長
市内学習塾経営者
町村の父親
市内の母親

教師は危機意識持って

 −十勝の子は他地域に比べても学力が低いということを耳にしますが…。

 塾経営者 札幌でオール3の子が十勝に来ると、こちらでは4になる。室蘭の子もです。

 母親 逆の話なんですが、帯広に居た人が札幌に戻って、子供が授業についていくのが大変だったと聞きました。

 −今の話を学校現場ではどう受け止めますか。

 中学校長 民間企業ではものすごい危機管理意識を持っているが、学校の先生にはこれがない。年休、夏休み、冬休みもある。教員の免許法改定によって民間から校長になれる時代。将来的には全部学校が私学化されるかもしれない。その方が活性化される。危機意識を持って親の負託にこたえる教師となるべきでしょう。

 父親 先生の権威って落ちてきていますよね。昔、先生の悪口を言う子供はいなかった。親の方も、参観日は私語でうるさくてPTA内でも問題になるぐらい。子供の基礎をつくるのは家庭。でもこんな中で、先生にまでゆとりを持たれると正直言って怖い。

 塾経営者 親は学校に期待しすぎ。知識としつけの両方を押しつけている。すべてひっくるめて教育と思っているから無謀です。しつけは親がやるべきこと、地域でやるべきこと。学校は知識をしっかりと教えるべき場所なんです。

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新学習指導要領には親ばかりでなく塾関係者からの戸惑いの声も強い
個性認める教育現場に

 −学力低下を防ぐためどうしますか。

 父親 親の立場から言えば塾に行かせるか、親が教えるかどちらかでしょう。

 母親 そう、塾ですね。不安を持った親は働いて、内職してでもお金を作ってね。小学校に入学した時点で泳げる子と泳げない子がはっきりするんですが、幼稚園時代にスイミングスクールに行かせているか、否かで差がつく。それで親はショックを受けるんです。教室に通わせなければならないのかなと思っちゃうんですよね。

 父親 広い目でみれば泳げる子もいれば泳げない子もいる。「あの子は九九できないけれど町内で一番足が速い」とか、個性を認めてやれる教育現場であってほしい。小学校の徒競走をやめろ、という親がいるが間違った考え方だと思う。どこかでだれかが一番をとれる可能性を残しておかなければ。

 −塾は、はやりますか。

 塾経営者 実はゆとり教育に対して塾側はほとんど反対なんです。教育水準をどんどん落としていくということは、それだけのレベルでいいんだ、ということになる。そうであれば塾の必要性はなくなってしまうんです。バイオリンは弾けなくても笛さえ吹ければいいんだとなれば、バイオリン教室がいらなくなってしまうようにね。

 中学校長 心配はいらない。僕は塾がはやると思っている。

受験競争の二極化進む

 塾経営者 学習塾にみんな来るのかとなると、より落ちこぼれた子、もっと特殊な高い知識を求める子という具合に選別されてくる。話はそれますが、東大生を大量に輩出していた東京の日比谷高校というかつての名門公立校があります。ところが学校群制度の導入で日比谷に行きたい子が行けなくなって、何が起こったかというと、親が私立、小中高一貫のところに行かせるようになった。それで受験競争が小学校、中学校レベルにまで落ちちゃった。だから私立がある場合にはそちらに行ってしまい激戦になる。一方で私立がないところはのんびりした状態になる。二極化が進むでしょう。

 父親 同じクラスのあの子が塾に行き始めたから、分けも分からず「あんたも行きなさい」となる方が怖い。「あの子が行っているから私も行こうかな」と子供が言い始めるのはいい方で、親に行かされる子どもは不幸だなと思う。

 中学校長 心配いらないという理由は、中学生でも満足に九九ができない子がいるから。漢字だって何書いているか分からない、そんな子がいる。もともとレベルが高くない。しかも土曜日もなくなるんですから。塾は何も心配しなくていい。十年前は文化協会のテストで公立校入試の三百点満点のうち百点以下というのが一割いなかった。それが今はびっくりしますよ。学校によっては半分ぐらいあるんですから。

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「基礎・基本の重視」「ゆとり」をキーワードに、教室で教えられる量は3割削減される
全体の責任は文科省に

 −学力低下が生じた場合、責任はどこが負うべきでしょう。

 母親 子供のころは「読み書きそろばん」で徹底されたけど、自分の娘が分からないままで中学生になっちゃった、と思うこともあります。だからと言ってすべてが学校の責任ではなく、やっぱり社会の体制でしょうか。

 父親 全体の責任は文部科学省、制度を作った国。でも自分の子供をいい大学に行かせられなかったら親の責任になる。少なくとも学校の責任ではない。正直学校の先生には当たり外れがありますから。この先生に教わったから、その教科が好きになったというのは運命ですから。

 塾経営者 私も文科省の責任だと思います。大人として、子どもに渡していくべきことを簡単に決めてしまったところに問題がある。イギリスは教育が政治問題になっている。日本でも、もっと政治問題になっていいはずが、思いつきで終わっている。海外とかの比較をやらない内向きな形で。現場の先生が困るような抽象的な話で押しつけており、学校の先生に分かる形できちっとした説明が必要でしょう。

 中学校長 責任論からいうと学校の責任が一番大きいと、甘んじて受けなければいけない。といいながらも、やっぱり生まれた子供が一番最初に見るのは母親。万人の教師よりもすぐれた教師は母親。しつけをしっかりとして人の話を目を見て聞ける子どもに育ててほしい。そういう素地があると基礎基本をしっかり教えることもできる。昔の教育は決して悪くない。覚えなきゃいけないことは必至に覚えこませる責任は教師にあるでしょう。

(01.9.26) |今日の1面にもどる

<メモ>
 新指導要領では、基礎・基本を確実に身に着けることに重点を置き、自ら学び、自ら考え「生きる力」を育成することを狙いに「総合的な学習」を導入。完全週休二日制の移行とあわせ授業内容が三割削減される。小学校から中学校へ、中学校から高校へと学習内容が移行するものもある。例えば小学校算数で「小数、分数の意味と表し方」は三年生から四年生に移行される。

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 ファクス(0155・25・2700)、Eメール(edu@kachimai.co.jp)の「とかち教育新世紀係」で受け付けています。



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