存在意識 

★子供のため?親のため?★

陸別は弁当昼食
「食教育の根本は家庭」

 「きょうはお母さんが果物を入れてくれたよ」。正午をすぎると子供たちはカラフルな弁当箱を取り出し、机の上に広げる。空揚げ、焼きそば、ミートボール、それぞれのおかずをおいしそうにほおばる。管内小学校で唯一、弁当を昼食にしている陸別小(志田功校長、百五十一人)ならではの光景だ。

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「役割は終えた」」
 陸別町が陸別小、陸別中(那賀島彰一校長、七十八人)で牛乳を無料配布し、これまでのように弁当を継続する「ミルク給食」に決めたのは一九八四年。ほかの自治体が学校給食に移行する中、学校、PTA、議会で論議した上で決めた。
 佐藤章二教育長は学校給食を行わない理由について「貧困児童への栄養補給という給食の役割は終えた。親が愛情を込めて作った弁当を食べることで、親子の会話ときずなも生まれる。家庭で食を考えるきっかけにしたい」と語る。
 反対がないわけではない。共稼ぎの家庭や他校から移ってきた親などから、学校給食を求める声は以前からあった。「食教育の根本は家庭にある。親の負担という理由だけで給食に移行することはどうかと思う」と佐藤教育長。反対、賛成さまざまな意見を抱えながら、「愛情弁当」を町独自の教育として伝えている。

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それぞれの家庭で異なるお弁当を食べる陸別小2年A組の児童

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親にも欠かせない
 現在、十勝で完全給食を実施しているのは陸別小、陸別中を除く全百八十六校(十勝教育局二〇〇〇年度調べ)。学校ごとに調理する自校方式の音更町と新得町の一部を除き、地域の共同調理場が給食を提供する。
 給食は親にとっても欠かせない−。そう強く実感する“事件”が起きたのは、五月に小・中学校、幼稚園で集団腹痛の発生した浦幌町。町内全校と幼稚園に給食を提供する町給食センターは自主的に業務を四日間停止した。その間、町内のスーパーは弁当の食材を買い求める行列ができ、一日で冷凍食品は完売した。

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だれのための…
 結局、感染源はセンターから検出されず、不安は残るものの再開にほっとする親は多かった。浦幌小(後藤通憲校長、二百六十四人)の河合進一教頭は「共稼ぎの家庭は増えており、弁当の負担は予想以上に重たかった。各家庭で事情も異なるし、栄養バランスのとれた食事を一律に提供する給食の意義を改めて感じた」と話す。
 学校給食法(一九五四年)の施行から約半世紀。全国では八七%で完全給食が実施されている。学校給食は「児童、生徒の心身の健全な発達に資し、国民の食生活の改善に寄与するもの」(同法)と位置づけられている。果たして学校給食はだれのためのものか。存在意義が問われて久しい。
(酒井 花)

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 一八八九年(明治二十二年)、山形県鶴岡市の私立忠愛小学校で貧困児童を対象に実施したのが起源とされる学校給食。十勝では新得町の佐幌小で一九二〇年(大正九年)、佐藤留治校長(故人)が自ら牛を飼い、牛乳を与えたことが始まりといわれている。食を取り巻く環境は戦後の食糧難から飽食の時代へと移った。年間キャンペーン第三部では、食糧基地・十勝での学校給食を考えてみる。(01.6.29)

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