ダイオキシン最前線
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「使命感にかられ」大胆に〜異色の都庁職員活動家



止めよう!ダイオキシン汚染関東ネットワーク事務局長

藤原寿和さん

藤原寿和さんの半生は、戦後日本の公害闘争史と共にあったといえる。大学時代に水俣病を告発する会に加わって以来、浜岡原発、六価クロム事件、ごみ埋め立てなどに対して数十もの住民運動体を組織してきた。目的を達したことも、とん挫したこともあったが、ダイオキシン問題だけは出口が見えないまま、もう10年以上も関わり続けている。
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国際市民会議の打ち合わせをする藤原さん
早稲田大学応用化学科出身で東京都庁職員という、住民運動家としては異色の人。都の職員が公然と住民運動をしていることに非難も受けたが「使命感に駆られて」大胆にやってきた。

それらの住民運動がダイオキシンに結びついたのは、83年11月のある朝、新聞を広げたときからだった。愛媛大の立川涼教授が、都市ごみ焼却炉からのダイオキシン発生を日本で初めて確認したという記事が、目に飛び込んできた。

「記事の中にダイオキシンの発生は塩化ビニールが原因と書いてある。塩ビは発がん性との関係で関心を持っていたから、“えっ、ダイオキシンも…?”と思った。ごみ、塩ビ、ダイオキシンが、いっぺんに結びついた」。ちょうどごみの東京湾埋め立て計画に反対運動をしていたときで、ダイオキシンの“出現”に「2重、3重のショックを受けた」。

そのうち日本の汚染状況が少しずつ明らかにされていく。88年、東京湾と大阪湾の魚から、人間が創った最強の猛毒とされる2378-4塩化ダイオキシンが検出された。藤原さんはごみ問題を考える集会などを重ねて、95年10月、15団体190個人が加入する関東ネットワークを立ち上げた。

ようやく昨年から厚生省や環境庁はダイオキシン規制に腰を上げ始めたが、藤原さんは日本の状況を既に「絶望的。ガンの末期症状だ」という。「日本には世界のごみ焼却炉の約7割が存在し、日夜ダイオキシン類を吐き出している」(著書「深刻化するダイオキシン汚染!」たんぽぽ舎)。にもかかわらず、日本の焼却炉に対する法的規制は今まで何もなかったからだ。

一刻も早く手を打たなければならないと主張する一方、藤原さんは何度もむなしさを覚えてきた。関東ネットワークを設立したのと同じ時期、厚生省はまだ「世界的に(ダイオキシンの)毒性がわかっていない」と答えていた。国に対する不信感は根強い。先月放映されたNHKの討論番組で、藤原さんは厚生省の担当官に「大量のダイオキシンが出ている学校焼却炉には、なぜ何の対策もないのか」と詰め寄ったが、返事はうやむやにされた。

今、ダイオキシンも含めた化学物質の毒性として、藤原さんはホルモン代謝障害に注目している。それらは体内で女性ホルモンのエストロゲンに似た働きをし、男性生殖器の異常を引き起こすという実験結果がある。世界的に増えている子宮内膜症、アトピー性皮膚炎に関係しているともいわれ始めた。「ダイオキシンによる被害を早急に立証し、認めさせなければならない」。医者や学者の協力を得てダイオキシン検診団を発足することを藤原さんは考えている。「まだまだこれから」と、強い意志を表すように言った。
(年間キャンペーン取材班=山本薫)
(97.07.09)


ふじわら・としかず

1946年茨城県生まれ。50歳。止めよう!ダイオキシン汚染関東ネットワーク事務局長。塩ビ製造業者による塩ビ世界会議(10月、大阪市)に対抗する「塩ビとダイオキシンを考える国際市民会議」事務局長


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