ダイオキシン最前線
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深刻な産廃、農薬問題〜無策・日本に不安募らす



報道写真家 中村梧郎さん(下)
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中村梧郎さん

中村梧郎さんはかつてベトナムで取材した住民たちに会いに、ちょうど戦後20年目の1995年、再びカマウ岬を訪れた。特に、写真家としてダイオキシンを追うきっかけになったある光景、枯れ葉剤で消滅したジャングルの中で遊んでいた少年が無事でいるか、ずっと気になっていた。19年ぶりに会った少年は大人になっていた。ただ、脳性まひのような症状を抱えて。健康だった少年がダイオキシンだらけの環境に育ち、すっかり変ぼうしていた。

一方、16歳になったベト・ドク兄弟は、ベトは分離手術後寝たきりだが、ドクは1本足で自転車に乗り学校にも通っている。今年の正月に中村さんが会った時、ドクは日本語で「おじさん、ファミコンがほしい」と言った。

ベトナムの戦後の光も陰も見てきた中村さんは「1度汚染されたら取り返しがつかない」と痛感している。「ダイオキシンで起きた障害を背負い、がんで死んでいく人もいる」。母乳から南ベトナム以上のダイオキシンが検出されているというデータもある日本があまりにも無策なことに、不安を募らせている。

最初のベトナム取材から20年以上もダイオキシン問題を追ってきた中村さんは、今、産業廃棄物処理の問題が最も深刻だと考える。産廃処理は企業内で隠されている部分が大きい。その象徴的な例が、町長襲撃事件と産廃処分場建設をめぐる住民投票があった岐阜県御嵩町だ。

襲撃事件直後の昨年11月、中村さんは住民投票で建設が反対された当事者の寿和工業を訪ねた。県からモデル処分場とされている施設を撮影させてもらうためだった。そこで、汚水を浄水施設に運ぶパイプが途中で切れ、たれ流しにされているのを見つける。廃棄物に混ざっていた容器には発がん性物質のトリクロロエタンの名前が書いてあった。その事実をテレビ番組「ザ・スクープ」で発表。寿和工業に不信感を持った御嵩町住民の反対運動が盛り上がっていった。

「イネに安全、MO粒剤」と宣伝看板のある、郡山の水田を撮影したこともある。MOとは除草剤CNPの商品名で枯れ葉剤の仲間であり、CNPにもダイオキシンが含まれている。中村さんはCNPが危険だということを、83年の著作(「母は枯葉剤を浴びた」新潮社)ですでに指摘していたが、環境庁が使用中止の措置を取ったのは94年になってからだった。

「しかし、今の時代は写真に真実がなかなか写らないね。写真家としてはやりにくいですよ」と、中村さんは笑う。美しい風景がある。だがその中にはダイオキシン、窒素酸化物など化学物質が大量に含まれているかもしれない。何でも清潔になり一見きれいに見えて、本当の汚さが写真には表れてこないのだという。(年間キャンペーン取材班=山本薫)


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