先進地ドイツに学ぶ(5)

都市開発の住民参加支援


必要な情報を提供
将来的に課題も

◇  ◇  ◇

 「少なくとも僕たちが動かなかったら、この街はどうなっていたか分からないね」。首都ベルリンに23ある行政区の一つ、ティアガルテンに住む印刷工、アンドレアス・シャグンさん(37)は、熱っぽくこう語る。

 シャグンさんはまちづくりの市民組織「モアビートの提言」の古参メンバーだ。日本のNPO法人にあたるe.V(登録社団)で、1989年に発足した。現在、会員は50人。3、40代が中心で、5人の専従職員のほかはすべてボランティア。

 同行政区の半分ほどを占めるモアビートの都市再開発計画に対し、住民が参加し意見を述べられるようさまざまな形でサポートしている。

■それぞれ担当分野

 最も典型的なのが、都市計画を市民に分かりやすく伝えること。交通、鉄道など会員がそれぞれ担当分野を持っている。行政側が計画を策定すると、新聞の広告などを通じ、計画内容や説明会の日時を市民に知らせる。それまでに、担当者たちは役所で閲覧できる膨大な専門資料を読みこなし、市民の生活にどう影響を及ぼすかを算定、問題点をピックアップし、説明会などの席で行政へぶつけるのだ。

 また、建設法に基づき、行政区が都市計画策定のため、市民を任命する「当事者委員」に対しても必要な情報を提供している。委員の多くは一般市民で行政の素人。90年に年間30万マルク(約1800万円)で行政区と正式に契約を結んだ。e.Vにしたのも契約が個人では行えなかったためだった。

 だからといって会員らは初めから専門知識を持っていたわけではない。皆、教師や会社員、主婦などいわゆる一般市民。交通網が専門というシャグンさんは「皆、初めは素人。でも人間、死ぬ気でやればできないことはない。とにかく、役所の資料が“解読”できるまで、専門書を読みあさった」と語る。

 ほかの団体ともネットワークを組んでいる。大きなプロジェクトの場合は、環境など複数のe.Vなどとも連携を取り、多角的に取り組んでいく体制も取っている。

■壁崩壊で環境変化

 同団体が誕生した背景には、「ベルリンの壁」の崩壊が大きく関係している。自然と外国人や低所得者層が多く集まった状況は、壁が壊れた今も変わらないが、モアビートを取り巻く環境は大きく変化した。

 ドイツの中心となり、首都機能が次々と移転、構想ビルや近代的なマンションが立ち並んだ。既に80年代には町並みを壊さないような整備を行う再開発計画が議会で決議されていたが、この地の都市再開発に、e・Vの活動が大きく影響したとう。

 ただ、将来に向け課題もある。壁崩壊から10年。都市再開発に関する新プロジェクトもようやく落ちついてきた。そうなると、彼らの出番がなくなる。ここ数年は、広い意味での「まちづくり」として、教育や人権問題などモアビートで暮らす人たちの生活の向上にも取り組んでいる。

■都市開発以外でも

 たとえば、子供の体験型教育が重要視されるなか、行政とタイアップし、少子化で放置されたままの校庭に、体験学習などが行える「共同農園」を造成した。事務局長を務めているエルケ・フェンスターさん(45)は「今後も都市開発以外のプロジェクトが増えていくだろう」とみる。

 日本の建築基準法や都市計画法などには直接、条文には「市民参加」は盛り込まれていないが、ドイツの建設法典ではしっかりと明記されている。

 ドイツでは60年代ごろから都市開発が進められてきたが、必ずしも成功例ばかりではなかった。急速な開発の結果、住民が追い出され、逆に街がさびれてしまうこともあった。「行政のいうままになっていては自分たちの権利は守られない」(シャグンさん)。そんな思いが、市民参加の盛り上がりにつながっている。
(年間キャンペーン取材班=佐藤いづみ)(99.11.19)

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