少子社会の波紋〜揺れる地域から

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小学校空き教室[上]

神奈川県横須賀市立粟田小学校の空き教室(余裕教室)は高齢者のリハビリ施設のデイサービスセンターに生まれ変わった。しかし、転用までには住民の理解を得るのに時間がかかった。当時の様子を知る関係者の話では、住民からは「考えは分かるが、自分たちの地域では遠慮してほしい」「お年寄りのおむつなどのごみを学校の敷地や近くに出し、子供たちやわれわれの目につくのは問題だ」「お年寄りが学校内でふらふらしたら授業どころではない」などの反対意見が出たという。

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神奈川県横須賀市の中心街からほど近い私鉄沿線「野比駅」。そこから歩いて20分ほどの静かな住宅街に市立粟田小学校がある。「以前は全国で1、2を競うマンモス校だったのだが…」と同校の北村勲校長は言う。しかし、活気にあふれていた新興住宅街も、約30年を経た今では同校のクラス数は51学級から12学級、児童数も2,190人(78年度)から5分の1ほどの375人に激減した。逆に高齢者が激増し、これから深刻さを増す日本の少子化と高齢化社会が同時に押し寄せた、いわば縮図のような地区だ。

空き教室問題は折しも、横須賀市全体が抱える問題だった。市が動き出した。学識経験者らで組織する検討委員会を94年6月に設置、その報告を受けて、学校関係者やPTA、各町内会の代表らで組織する粟田地区の協議会を設け、話し合いが始まった。

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川越市立高階小学校校舎1階にある老人憩いの家の出入り口の横にはグラウンドがあり、子供たちの歓声が響く
一方、そのころ市にとって高齢者福祉サービス施設の不足も大きな行政課題となっていた。市では市内の中学校区に一つのデイサービスセンターなど福祉施設を建設する青写真を描いていた。しかし、実際は半分ほどしか建設されていない実情があった。

市側はデイサービスセンター建設を地域の協議会に提案したが、すんなり受け入れられなかった。地域の空き教室の利用方法は、地域が利用できる和室や会議室、多目的教室などの要望が強く、福祉施設という市の考えとは平行線をたどった。地域での話し合いは20回ほどに及んだ。学校側が出した「児童と高齢者の接触事故防止などのため、センターと学校児童の通用口を分ける」など市側は極力、地域の声をのんだ。そしてようやくのゴーサイン。粟田と同時進行で話し合いが進められてきた鷹取小学校でも地域の了解を得た。両校にデイサービスセンターが開所したのは同じ日の昨年2月7日だった。

福祉施設への転用に関して、市教委学校施設課の高橋恒治課長は「土地代や建設費など経済的な節約もあるが、空き教室の有効利用の狙いが強い」と強調する。

一方、空き教室をデイサービスセンターと老人憩いの家に転用した埼玉県川越市の場合も、81年度をピークに児童数激減の道をたどる。


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市高齢福祉課の粕谷泰雄課長は「5年ぐらい前から空き教室が顕著になってきた。市の福祉計画で不足するデイサービスセンターを何とか増やしていきたいという考えがあった。福祉施設を建てる土地確保が大変という状況も重なっていた」と話す。


だが、空き教室の今後の転用に関しては必ずしも加速度的に普及していくとは限らない。文部省は昨年、建築後10年たった学校は補助金の返還を求めないことを明文化し空き教室の促進に弾みがついた。しかし、「阪神・淡路大震災以後、79年以前に建てられた学校は耐震工事が義務付けられ、市内の小、中学校のかなりの部分が終了した。このため、工事完了後は10年間、空き教室の転用はできない。転用する場合には補助金の一部返還も必要になってくるでしょう」と粕谷課長は話し、立ちはだかる文部、厚生という国の縦割り行政の「足かせ」について表情を曇らせる。 (少子化問題取材班=竹村浩則)


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