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十勝毎日新聞社
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Obihiro Tokachi Hokkaido Japan
[2008.10.14] >>> 目次ページに戻る
「勤め人時代の経験が肥やしになっている」と語る山本さん
脱サラ



40歳代半ばの転身「がむしゃら」に


 カウンター7席とシンプルな調理場。決して大きくはない帯広市内のラーメン店「海皇(ハイファン)帯広店」(西2南15)が、山本英雄さん(59)の“職場”だ。1995年に脱サラで店を始めて13年。「がむしゃらであっという間だったが、後悔していない」と笑顔で話す。

漠然とあった商売へのあこがれ
 帯広の高校を卒業後、道外企業で2年ほど働き、体調を崩して帰郷。以来、市内の企業に勤めるサラリーマンだった。実家が文具店を営んでいたこともあり、商売への漠然としたあこがれがあった。勤続24年の44歳の時、開業が容易なフランチャイズ店を考え、玩具店、靴店などの中から「仕事が一番大変そう」とあえてラーメン店を選んだ。

 本部がある釧路市の店舗で3カ月間の研修。慣れない立ち仕事に腕や足が張り、体はたちまち悲鳴を上げた。だが、3人の子供は育ち盛りの小・中学生。反対しなかった妻のためにも引き返すことはできない。空き店舗を見つけ、退職金や貯金を開店資金に充てて店を開いたのは、年の瀬も迫った12月15日だった。

 開店前「釧路店に帯広から来る客がいる」と聞いてはいたが「開店後は暇を覚悟していた」。が、連日大勢の客でにぎわった。食べ歩きが好きだった経験から、「定休日でがっかりさせたくない」と開業3年間は年中無休を貫いた。「勤め人時代に多かった風邪も引かなくなった」

 「好きなことが原動力」と言い切る。「心を込めたラーメンを提供するのが楽しく、何よりも好き。採算はその次。忙しいことがありがたい」。「自分が言う立場ではない」と前置きしながら、「今の仕事が嫌だからという理由で脱サラと起業を考えない方がいいと思う」と語る。

 自称「小使い兼社長」。フランチャイズ店だが本部からの指示やサポートはほとんどない。客の入りは曜日、時間、天候、気温によって変わり、仕入れにも頭を悩ませる。最近では小麦などの原料価格高騰で大打撃を受け、値上げを決断。「客は減った」

自ら選んだ道精いっぱいに
 40歳代半ばでの転身も「回り道」とは思っていない。会社時代の上司が言った「資金繰りが最も大切」という言葉は今も心に残る。元同僚の紹介で訪れる客も多く、「全く知らない土地で始めた商売とは違う。会社勤めの経験、人間関係があったから続けていられる」と強調する。

 サラリーマンを続けていたら今年度末に定年退職を迎える。好きな温泉にも行けない毎日が続き、旅行にも連れて行けなかった家族に対し申し訳なく思う。が、気力・体力があるのも店のおかげと考えている。「体が続く限り店を続けたい」。自ら選んだ第二の人生を精いっぱい生きている。
(原山知寿子)
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