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Obihiro Tokachi Hokkaido Japan
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[2007.11.15]
夕張破綻、今後の地域の在り方は…
地方自治研究者・河合酪農学園大教授に聞く

〈かわい・ひろし〉京都大学卒。酪農学園大学環境システム学部地域環境学科教授。今年2月に、4人による共著「夕張破綻と再生」を出した。59歳。


 夕張市の財政破綻(はたん)が起こった要因には、どのような背景があったのか。そして353億円もの膨大な債務を背負った夕張が、今後歩むべき方向性や、住民、行政の在り方、国、道の役割は−。地方自治の研究者で、自身何度も夕張に赴くとともに、夕張破綻に関する共著も出している、酪農学園大学教授の河合博司氏に聞いた。
(小林祐己、植木康則)

 中央と地方の矛盾が集約

 −夕張問題に深く関心を持ったきっかけは。
 昨年7−9月ごろ、メディアの論調は「夕張悪者論」が主流。「誰も乗らない観覧車」を象徴的に映し、夕張というのは無駄遣いのとんでもない市役所だというキャンペーンを張った。地方自治を勉強してきた立場として「この論調は違う」と思った。日本の近現代の中央政府と地方自治体の関係の象徴的な、矛盾が集約した問題として、夕張問題があると思った。

 2点目の動機は、膨大な赤字額を再建団体として市民生活に押し付ければ、市民が生きていくことすら奪われかねないと危機感を抱いたこと。3点目は、これが一夕張の問題にとどまらず、全自治体の在り方に波及し合うから。平成の大合併以降、自治体の構造改革を一層促進するための起爆剤に、正しくない形で夕張が使われると思った。

 さらに全国の自治体が「夕張みたいになりたくなければ」というキャンペーンを張るようになった。今年の統一地方選でも、顕著だった。これは自治体の在り方を財政問題のみに収れんしてしまう。金がないからできないというのが当然の前提で、知恵を出さない。保育料値上げなど、住民負担を増やす大きな根拠に「夕張」を使う。地方財政が大変になってきた原因を十分にえぐり出さない傾向が広がることは、日本の地方自治にとって非常に不幸だ。

 自然と産業遺産が“財産”

 −国は何ができるか。
 18年だから単年度の負担が重い。夕張に主導権を持たせて、再建計画を組み直させるべきだ。そうすると一番楽な方法は、期限を30年とか50年とし、その中で自主的に再建できる余地をどう認めるか。私は市が市民とともに「国、道がきちんと金を出した方がいい」と主張すべきだと思う。夕張だけでなく、今の自治体が全部抱えている問題だから。「夕張にならないため」でなく、夕張と一緒に今の財政問題を考えようということだ。

 −夕張が歩む方向は。
 歴史村は博物館でなくてはならないし、社会教育施設であり、文化的な価値のある産業遺産。そういう発想がなかった。世界文化遺産に指定された、島根県の石見銀山と極めて好対照。夕張の資源の1つは豊かな自然。ここはエコミュージアムということをきちんと掲げ、夕張岳、石炭などを財産と位置づけたまちづくりを考える。エコツーリズム、体験型交流型で人に来てもらうネットワークの組み方がある。

 地域に残らなかった観光開発

 −破綻の原因は。
 1986年に内外価格差是正などをうたった前川レポートが出た。その筆頭が石炭。最終的な90年の夕張の炭鉱閉山の引き金となった。さらには内需拡大。87年のリゾート法だ。同法の下でマウントレースイと夕張岳を開発。このやり方を、政府(自治省)は拍手喝采。見事に政策転換し、観光開発の新機軸を次々と打ち出すアイデア都市経営の典型と表彰した。

 だがリゾート開発以来の、国による観光地域開発政策の矛盾が集中した形で夕張に現れた。国は、破綻をオブラートに包み、ギリギリまで引っ張り、炭鉱を利用するだけ利用して切り捨てた。夕張自身も国ともたれ合いで、泥沼に入った。

 さらに三位一体改革が地方間に格差を拡大。そういう状況下で、夕張はトップダウン型のワンマン行政。住民自治は未成熟。議会がまったく形骸化し、情報公開がほとんどなされなかった。市役所職員の業務は「施し」に。残念ながら昨秋以降、職員の中から、原因を究明し夕張を立て直そうという議論が出ず、辞めても誰も引き留めない。かなり深刻だ。

 一番大きなツケは、点の観光開発に終始したこと。施設の関連性や意義、市民のかかわり方をほとんど考慮していない。点の開発と対になるのはイベント主義。終わっても地域に何も残らない。

 弱者に負担かからぬ工夫を

 −今後夕張の市民や市が考えるべきことは。
 弱い立場の人にしわ寄せが行かない工夫をまずやるべき。病人、お年寄り、子供たち。1年経つと彼らにはボディーブローのように効いてくる。そのための施策は何も打てていない。3年くらいの経過措置をおいて、負担がどっと重くなる。市役所として、市民活動として何ができるか−の2つ。それが短期的問題。

 2つ目は、やはり夕張のまちをどうつくり直すかというまちづくりの計画を真剣に考えるべき。今まで何となく「観光のまち」できたが、本当に観光でいいのかという問い直しはしていない。どんな地域にし、そのためにどんな資源があるのか共通の認識にする必要がある。資源という場合は、もちろん物理的資源もあるが、歴史や人、文化も重要な資源。ハードとソフトを包括した、夕張の歴史の中で培ってきた光と影を全部飲み込んだ夕張の資源とは何かをきちんと議論すべきだ。

 3つ目は、18年間で353億円を返す財政再建計画自体を、市役所と市民は見直しをし、国、道に言うべきことは言うこと。借金を返した18年後を想像してほしい。夕張市民はいなくなるだろう。常識的にあり得ない計画だと明らかにすべきだ。手掛かりはいくつかある。地方自治は地域住民の健全な発達に資さなければならず、そのためには財政運営のための財源を確保すべきと憲法94条にある。

 また353億円も道が一括返済して市に低利で貸している。システムとしては道が債権者。夕張市役所にも問題があったが、後押ししてきた国、道にも問題があることを考えなくては。

中央は「調整役」  地域は「自律」  市民は「あるもの」の良さ再発見を

 財政問題を含めた、今後の国と地方の関係を考えるポイントについて、河合教授の見解を尋ねた。

 交付税制度が新型に変わりつつある中、自治体の自主的な財源を高めねばならないのは正論で正しい。だが同時に自治体間に財政力の格差ができるのも必然。多様な特色があるからこそ地域が生きるわけで、地域に違いがあることが当たり前だ。

 税というのは基本的には人にかかる。人が少ないところは税も少ない。だから人が少ないところはダメかとなるが、多様な地域を承認し、地域間のばらつきを調整するのが中央政府の役割。交付金の在り方を含め、その原点に改めて戻るべきだ。欧州や北欧では小規模自治体を残して、中央政府が調整する仕組みをちゃんと維持している。

 今、ふるさとのことを自分たちで考え頑張ろう、だから役所も頑張れという試みが広がっている。私はそれを「自律と連携」と言っている。競争して勝つのでなく、お互いが自律する。全部はできないから手をつなぎ、学び合う。こういう機運が、「平成の大合併」の皮肉な結果として出てきている。

 日本の中央政府が地方に対して立てた計画がこれほどぼろぼろになったことはない。3200強の自治体を1000にする目標が1800。1万人未満の自治体をなくすという狙いも480残った。大誤算だ。今が本当のせめぎ合い。全国町村会などには頑張ってほしい。自治を大事にしなければ21世紀の未来はない。それくらい大事な局面だ。

 地域で先進事例を学ぶ際は、うまくいった表面の結果だけを学ぶのではなく、それをつくり出していくプロセスが大事。例えば素晴らしい条例や、帯広では北の屋台なども、それらを生み出した力は何かを学ばないと地域づくりに生かせない。

 どこの地域も順風満帆できているところはない。そういう意味で自らの地域の歴史、文化を学ぶところから改めて始めなくてはいけない。「地域学」という形が、地域づくりのベースとして全国に広がりつつある。自主的に、市民レベルでやる取り組みとして、地域の宝物探しだったり、文化の再発見だったり、お互いの良さの再発見をみんなで考える時だ。

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→年間キャンペーン第4部「夕張に学べ」番外編


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