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十勝毎日新聞社
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Obihiro Tokachi Hokkaido Japan
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[2007.11.09]
働かなかった力
市民、経済界、議会 “依存と盲従”

 「負債を自分たちで返すことになるとは思ってもいなかった」。ゆうばり再生市民会議広報委員の園泰子さん(56)=夕張こども文化の会「かぜちゃる」代表=は打ち明ける。

 同会議は、今年4月就任の藤倉肇市長が呼びかけ、市民団体や企業経営者、市議ら26人で組織。民間活力で夕張再生への協議を続けている。

 有志らは、今になって「中田(鉄治)元市長の観光事業が国の施策とあまりに合致していたため、ずるずると引き込まれていってしまった」と悔やむ。だが自治への意識の高い彼らでさえ、当時は多大な観光投資が市財政をむしばみ始めたことに矛盾を感じながらも、「破綻」という危機意識はなかった。

一時の潤いで感覚がマヒ
  「一度潤った地域は各機能が低下する傾向にある。行政、市民とも判断力が低下し、マヒ状態だったのではないか」。長野県で観光施設建て直しに携わった経験を持つ、夕張リゾートの西田吏利社長=写真=は指摘する。

 なぜ市民はマヒしていたのか−。

 「行政に依存し過ぎていた」。町内会、民間業者、主婦ら多くは顧みる。「山の見回り、ごみの片付けなど、行政に何でも要求した」。真谷地市街地町内会の高橋孝善会長(74)は、市民側に「甘え」があったと指摘する。

 一方、経済界は観光事業の恩恵を受けていた。夕張建設業協会の石川達人会長(58)は「観光施設関連事業は、市内ほとんどの業者が請け負った」と明かす。

 「行政監視の最後のとりで」市議会も同様だった。「オール与党で、批判的な議員はつぶされた」。ある議員は打ち明ける。元市議の多喜雄基氏(55)は「理事者側とは『あうんの呼吸』。徹底した追及はなされないできた」と話し、議会の力不足を認めた。

採算度外視のレースイ買収
2002年に松下興産から市が買い取ったホテルマウントレースイ。市民のチェックが機能不全だったことを示す象徴となった
 2002年3月、松下興産が手放したホテルマウントレースイとスキー場の市による買収は、市民・議会に流れる「依存と盲従」の縮図の1つだ。

 夕張商工会議所など経済界は約300人の雇用不安を懸念し、市の買収を後押し。市民は署名運動に加え、危機突破大会では「レースイ継続」を決議した。

 議会でも、元議長の川村實氏(70)=若菜連合町内会長=は「一度閉鎖したら歴史村観光も危機に陥り、団体スキー客が戻らないという懸念もあった」。最終的に市は「市民の総意」として、26億円での買収を決めた。だがこの施設は採算性を度外視した買収劇として、負債の一端を占めている。

北炭時代から 染みついた体質
 北炭時代から脈々と培われた市民の依存体質。産業が少ない中で必然ともいえる、市と経済界の依存関係。オール与党の議会には、市に反旗をひるがえすだけの力はなかった。

 その結末が353億円の赤字となって市民にのしかかってきたとき、自立の“力”が生まれてきた。同市民会議メンバーの1人は言う。「初めて、自分たちがまちを何とかしなくてはという感覚を持てた」

※高橋孝善会長の高の字は異体字です。

 〈観光施設整備事業と投資額〉
 国の補助事業のうち夕張市の負担額はめろん城(約3億円)、石炭の歴史村公園(約26億円)など合わせ約45億円。市単独事業では、石炭博物館(約13億円)やロボット館(約8億円)、松下興産から買い取ったホテルシューパロ(約21億円)とレースイリゾート(26億円)など合計約79億円に上っている。


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