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十勝毎日新聞社
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Obihiro Tokachi Hokkaido Japan
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[2007.11.08]
働いた力
市長と国、道 “もたれ合い”

 「夕張の衰退は国の責任。自治体は絶対につぶれない。最後は国がついている」−。

 「脱石炭」を旗印に、観光をまちの根幹に据えて夕張市をけん引した故・中田鉄治元市長。しかし、中田氏の思いとは裏腹に「最後は国や道から見放された」と語る市民は多い。

炭鉱から観光へ ハコモノづくり
 相次ぐ炭鉱閉山で人口減が続いていた77年。当時助役だった中田氏が掲げた「石炭の歴史村」構想。「起死回生の策に思えた。観光業は企業誘致の上で起爆剤としての魅力もあった」と夕張商工会議所の小網敏男専務理事(60)=写真。行動力があり、発想豊かなリーダーの登場は、疲弊していた地域にとって一筋の光明と映った。

 だが、ハコモノづくりにまい進した結果、「炭都」の歴史を振り返る当初のテーマ性は薄れ、観光客も落ち込んでいった。元石炭博物館館長の青木隆夫さん(56)は「アイデア市長と呼ばれたが、観光のビジョンがはっきりしない中で“砂上の楼閣”を造ってしまった」と見る。

財政悪化の中 大型予算で借金
 大プロジェクトを発案しては、道庁や中央官庁を口説き落とし、補助金や起債を次々と引き出す中田氏。市税の減少など財政が悪化していたにもかかわらず、大型予算を編成し続けた。市民の間には借金の増加を危惧(きぐ)する声もあった。だが中田氏が社長を務めた石炭の歴史村を運営する第三セクターの経営状況は「企業秘密として開示されなかった」。夕張市議の新山純一さん(59)は状況把握が難しかった様子を証言する。

 一方、国は産炭地振興として夕張を援助し続けた。自治省(現総務省)は「活力あるまちづくり優良地方公共団体表彰」(90年)を授与するなど、身の丈に合わない事業にもクギを刺すことなく、ひたすら持ち上げた。

不正な財務処理 見てみぬ振り
以前は親子連れなどでにぎわいを見せた「石炭の歴史村」の遊園地。今では閑散とし、観覧車などがひっそりと山間にそびえる
 市は「ジャンプ方式」と呼ばれる不適正な財務処理手法を続け、一時借入金を見えなくする操作も行っていた。月3回発行のタブロイド紙「夕張タイムス」記者として、夕張の状況を40年間見つめてきた森剛史さん(67)は、この点で道の対応に疑問を投げかける。「道は市の不正な財務処理を認識していたはず。なぜ末期がんになる前に、その姿勢を正さなかったのか」

 中田市長と国、道の3者による微妙な“もたれ合い”が、今回の破綻(はたん)を引き起こした側面である点は否めない。だが取材の中で市民から「中田さんが積極的な政策をしなければ、夕張はもっと早くダメになっていた」と、手腕を評価する声も根強く残っていた。

 「借金はあるが、中田さんならなんとかやってくれるだろう」。当時まん延した市民の思い−それこそが、染み付いた依存体質の表れだった。
(年間キャンペーン取材班)

 <ジャンプ方式>
 自治体の収支は年度ごとに帳じりを合わせる単年度主義だが、年度末の急な出費を想定して4月と5月は「出納整理期間」となっており、新年度が始まっても前年度の出納が閉鎖されない。同方式は、これを悪用し、前年度の赤字を出納整理期間に金融機関から借りた資金で埋める。夕張では、一般会計と事業会計の間で資金の貸し借りを繰り返していた。


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