年間キャンペーン最終部



農地を受け継ぐ息子へ

「土作り」日々学び継続を


白川猛史さん(54) 芽室町
<プロフィル>1951年、芽室町生まれ。帯広農業高校卒。在学中から農業に従事し、現在は22ヘクタールの畑で妻の良子さん(52)、長男泰寛さん(25)との3人で営農。長女真由美さん(22)は名古屋で大学生。

 泰寛(やすひろ)へ

 自分がまだ農業後継者と呼ばれていたころ、ちょうど今のおまえくらいだろうか、朝になってその日どんな仕事をしたらいいのか分からず、とりあえずバイクで近所を一回りしてからみんなと同じ仕事をしていた。“隣百姓”というやつだろう。自分が預かった農地を見る余裕なんか全くなかったものさ。ただシバムギが生えているやせた土地としか感じていなかったんだ。


「自分が受け継いだ時よりいい状態で畑を渡すのが今の耕作者の役割」と話す白川さん。土地に縛られる農業だからこそ、世代を超えたつながりを大切にする(山下僚撮影)

 何年かたって周囲の農地と見比べることができるようになった時、相変わらず生産力は低かった。ただ、石がない乾燥地というのが非常に恵まれた条件であることにも気付いたんだ。

 クマザサとシバムギに覆われ、カシワの大木がそびえ立っていたこの大地を切り開いて作物を栽培できる農地にしてから100年余りがたつだろうか。そのうちの30年間この土地にかかわってきて、自分が先代から受け継いだ時から見ると畑は確実に変わってきた。

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 馬耕からトラクター耕に変わり、15センチ程度だった作土層が35−40センチになった。深く丁寧に耕すことで雑草が減って農作業が楽になったものさ。堆肥(たいひ)を購入して施すことで、より土が肥えてきたようにも思う。

 でも自分が受け継いでからこれまでの間に、次の世代には受け継がせたくないことも起きてきた。ジャガイモのそうか病やシストセンチュウなどの土壌病害虫などがその代表例だ。物や人の動きが地球規模になっている今、病害虫が侵入してくるのはやむを得ないことだろう。これらの問題とうまく付き合っていく技を探るのは、その時代に生きる農業者に課せられた宿命かもしれないな。

 この間に気候も変わった。根雪が早くなり、土壌凍結がほとんどなくなってきた。土壌中の水分が凍ることで土が膨張して土塊や耕盤層を破壊していたが、今ではそれがなくなり、さまざまな問題も起きるようになった。

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 農業をやるのに欠かせないのは、土地とそれを活用するための知識と技術だと思う。そして知識や技術はそれぞれの時代で変化していくもの。その時の経営者が自分で身に付けていくべきなのだろう。

 長い年月をかけてできた畑を自分で耕作するのはたかだか30−40年。だからこそ土地とそこにある土は世代を超えて受け継ぎ、維持していかなければならない。これから先も、われわれに生きる糧を与えてくれるこの大地が豊かであり続けることを祈っている。そしてこの先も「この土ではどう作るか」を日々学んでいきながら、農業を続けていきたいと考えているんだ。

[2005.12.12]

 <十勝の農業>農家1戸当たりの平均耕地面積(35.7ヘクタール)が、全道平均の2倍、全国平均の20倍を誇る大規模経営が特徴。高い生産性を誇り、昨年の農業粗生産高は全道の4分の1に当たる2640億円を上げた。畑作は小麦、ビート、ジャガイモ、マメの4作物が主力。ただ、少子高齢化や経営の大型化による担い手不足も深刻。このため省力作物である小麦への偏重傾向が年々高まり、適切な輪作体系の維持が指摘されている。

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