年間キャンペーン最終部



森の担い手から100年後の子供たちへ

自然に触れ、命の大切さ学んで


畠山 茂さん(55) 森の少年隊事務局長
<プロフィル>1950年足寄町生まれ。帯広三条高校卒。建設会社勤務のころ、設立当初から森の少年隊の組織運営や指導にかかわる。89年から同隊事務局長。


 帯広の森は元気ですか。カシワやミズナラは枝先が見えないほど成長し、エゾモモンガ、エゾリスが活発に暮らしているでしょうか。緑に包まれて育つ君たちも元気ですか。

 森はかつて見渡す限りの畑でした。大地を覆う小麦の穂やジャガイモの葉は、今ではベニバナイチヤクソウなどかれんな花が生い茂る光景に変わりました。小鳥がさえずる豊かな森の姿が目に浮かびます。

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「育った木を見ると時の流れを感じます」。少年隊の1期生が植えたカシワを見詰め、思いをはせる畠山さん(折原徹也撮影)

 私は「自然の大切さを楽しく学ぶ」を目標に、帯広の森で青少年を育成する森の少年隊の活動をしてきました。社会奉仕事業の一環で携わって以来、ここまで続けてきました。約800人が巣立ち、来年は30期の隊員を迎えます。

 社会人となった“子供たち”は指導員として少年隊に戻ってきます。きっとその子供や孫たちが指導者、隊員となっていることでしょう。

 鳥の脚を4本描く子、食事の後片付けができない子、カッターで鉛筆を削れない子…。私が小さいころには考えられない、子供たちの姿を目の当たりにしてきました。しかし、それも仕方がないことです。今の子供たちは家に楽しいテレビゲームがあり、塾にも通わなければなりません。

 さらに、家族の人数が少なくなり、子供の数も減って、祖父母や親から子、孫に体験で身に付けた生活の知恵が伝わらないのでしょう。命をもて遊ぶような風潮もとても心配です。

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 森の少年隊は、小学5、6年生が帯広の森の植樹や育樹はもちろん、市民が森に植える木の苗をドングリから育てたり、自然観察をしたり、3泊4日のキャンプ活動などを行ってきました。ゲームやプログラムを手作りし、手探りで進んできました。

 今でも忘れられない思い出があります。神経性の頭痛をもつ男の子との出会いです。

 何かやろうとしても、不意に頭が痛くなり、少年隊の活動を休むことも多かったのですが、学校とは異なる仲間との触れ合い、森のリラックスする空気に包まれて活動するうちに、休みも少なくたくましくなっていきました。

 卒隊後、中学校ではブラスバンド部で活躍し、頭痛もすっかり克服したようです。毎年送ってくれるコンサートのチケットが楽しみでした。

 自然の大切さと他人を思いやる優しい心。それは、言葉でいくら教えても身に付けられるものではありません。自然と触れ合い、自然からの恩恵を知り、緑を育て、共同生活の体験を培う中で学んでいくものです。

 森を育てることは人を育てること。それは、次代の帯広のまちづくりにほかなりません。帯広の森は生命の大切さを教え続けてくれる「生きた学校」です。森の中で30年。子供たちを指導することで私が学んだ、君たちへのメッセージです。

[2005.12.06]

 <帯広の森>当時市長だった吉村博氏(故人)が、帯広のまちを緑のベルトで包もうと「百年の大計」として提唱。構想から35年、市郊外の南西部約133ヘクタールに、市民自ら植えたトドマツやカシワなど55種類約23万本の緑が広がる帯広のシンボルだ。森の少年隊(高橋猛文指導委員長)は青少年の健全育成を目的に1977年に創設、民間ボランティアが運営する。帯広の森を舞台にした独創的な教育事業は、森づくりの全国的な手本として高い評価を受けている。

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