年間キャンペーン第3部
人材の掛け橋
パイオニアたちの挑戦

道中小企業家同友会帯広支部農業経営部会長・中藪俊秀さん(52)


知恵出し合い、切磋琢磨

自主自立へ責任明確化



■この指止まれで

 思いを込めてつくっているのに、一般の流通ルートに乗っかってしまう。「地産地消」って言葉が先行しているけど、僕らが食べる自慢の野菜を消費者にじかに届けたいと思った。納得したかったんだ。自分たちが売り場に立てば、消費者のニーズや反応も直接確かめられる。農家1軒じゃできないけど、何軒か集まればできるぞって。メンバーが潜在的に思っていたと思うよ、この指止まれで次々集まった。

 部会の農家有志14軒の共同店舗「ふぁーまーずとかち」。自ら栽培した朝取りの新鮮野菜やこだわりの加工品を、帯広市内中心部の店舗で対面販売する。農家の直売所は珍しくないが、週末だけでなく週6日店を開く。開設した昨年は51日間で300万円以上を売り上げた。今年は西1南10の旧荘田水産で通年営業に挑戦する。近隣の飲食店主や街中に住む主婦ら常連客も増えた。しかし、予想以上の困難も待ち受けていた。


農家による通年営業の市場を率いる中藪さん(左)=山下僚撮影

 店探しからPRまで大変だったよ。一番こたえたのは、農家の都合が全然通じないこと。「寒くて成長が遅れてしまって…」なんて、お客さんをがっかりさせるだけ。ここが農協や業者相手と全然違うところ。

 「差別化」も難しい。消費者はスーパーと比べるから。できるだけ安く設定するけど、やっぱり野菜の味と品質で勝負。丁寧に説明するんだ。この前、主流の白イボではなく、味が濃くて農家が自家用に作るところが多い黒イボキュウリを薦めたら、「おいしい」って喜んでくれた。消費者に本物の良さを知ってもらう手間をいかに省いてきたかってことだよね。

 上清川にある畑作の実家を継いだのは、32年前。父・一俊さん(享年43歳)の急死。20歳のときだった。離農者が多く誰がやめてもおかしくない時期。がむしゃらに走ってきた35歳の時、がんの疑いで入院。転機だった。「思いっきり生きてやろう」。幸い1カ月半で退院した後、目標を実現していく。地元の業者に頼み、自家製の大豆100%の豆腐を販売。1999年には有限会社として法人化を果たした。先輩らの紹介で同友会に入ったのはその2年前だ。

■自由に討論

 僕より30も40も年上の人を相手にやってきた。農村は年齢による上下関係の厳しい「村社会」。でも、同友会は違った。メンバーが対等で水平的な関係ですよ。農業経営部会も自主自立の経営を目指す、地域の「変わり者」ばかりだから、競争心がわいて切磋琢磨(せっさたくま)する。自由に討論し、人のつながりができる。やる気さえあれば、どんどん役割を任される。

 今、23歳の若い者に野菜の出荷調整を仕切らせているんだけど、放任じゃないよ。売り上げに直結するから。困ったことがあればじっくり相談に乗り、みんなで知恵を出し合う。それが仲間をさらに高める。人のつながりが自然と人づくりになっているんですよ。部会の気風だね。

 現在は採算ラインを割っているが、ふぁーまーずとかちのブランド化、収支や構成員の責任も明確にするため法人化の準備も進める。3年後には利益を生み出す仕組みを確立する考えだ。

 横並びではなく、自らの発想を自分の責任でやってみる。「経営者としての百姓」ですよ。原料生産じゃない、消費者に届ける完結型の農業。実際に食べてくれる人の喜ぶ顔をみれば、農作業のつらさも吹き飛ぶ。特別じゃない、これが基本的な姿だと思うんだけどね。

(栗田直樹)(05.07.09)

<道中小企業家同友会帯広支部農業経営部会>1989年に、2代目支部長の故沢本松市氏(当時、北海運輸社長・酪農経営)が提唱し発足。農業を生産ではなく、経済としてとらえる視点を重視する。自主運営する勉強会として管内農業者らの貴重な異業種交流の場で、メンバー約120社のうち農業法人が2割を占める。

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