生きる力の源泉
全国先進地ルポ

東京都・「松尾塾子供歌舞伎」


本物の舞台で情操教育
礼儀作法学び伝統に触れる


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役者は3−14歳

 歌舞伎の物語に必ず描かれる義理人情や思いやり、親孝行。役者がセリフや全体の流れを理解しなければ、観客が満足する舞台にならない。演じようとひたむきになればなるほど、役者の中に“日本の美の心”がはぐくまれていく−。

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 そんな歌舞伎の世界を子供たちだけで演じ切る。松尾芸能振興財団(本部・東京港区南青山、松尾昌出子理事長)が運営する「松尾塾子供歌舞伎」(塾長・松尾理事長)は、舞台と情操教育を見事に融合させた。

 毎週土・日曜日、大阪市天王寺区上本町のけいこ場では、3−14歳の塾生が真剣な表情でけいこに打ち込んでいる。

 松尾塾は子供を対象にしながらも、歌舞伎の世界を何もかも忠実に再現し、伝統芸能特有の厳しい礼儀作法を重んじた本物の舞台だけを目指す。講師は人間国宝級の伝統文化の継承者ばかり。子供たちが舞台で身に着ける衣装やカツラも、実際の歌舞伎役者のものと変わらない。

 けいこは正座して両手を床につき、「お願いします」のあいさつで始まる。出番待ちの時は、舞台の袖でじっと正座して待ち、仲間の衣装替えには率先して手を貸さなければならない。ふざけ合えば塾長の厳しい雷も落ちる。その代わり月謝は一切かからない。「ここは学習塾でも役者養成所でもない。純粋に子供が生活の中で歌舞伎に触れるための場」(松尾塾長)だからだ。


生き生きとした表情で大人顔負けの舞台を演じる松尾塾子供歌舞伎の塾生たち(2004年8月の大阪公演で)

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旅役者が塾創設

 松尾塾は1988年、松尾理事長の母、故・波儔江さんが立ち上げた。旅役者だった波儔江さんは、教育らしい教育を受けたことがなかったが、歌舞伎狂言(歌舞伎で用いられる台本)から親孝行や義理人情を学んだ。自分の経験を次代の子供に伝えたい−。そんな思いを子供歌舞伎として形にした。

 毎年2回、大阪と東京で定期公演を行い、これまでに米国・ロサンゼルス(90年)やマレーシア・クアラルンプール(93年)で海外公演もやり遂げている。子供たちは、きらびやかな花道に迎えられ、観客席から「よっ、○○ちゃん」と歌舞伎独特の声援を受ける。幕が下りるころ、大歓声と拍手でたたえられ、そのたびに自分たちがやり遂げたことに感動を味わっている。

 6歳のときに入塾した高久舞衣子さん(14)もその1人。「これほど打ち込めたのは、楽しさを教えてくれた先生方や仲間のおかげ。人に迷惑を掛けてはいけない、目上の人の話をしっかり聞くといった最低限のルールは歌舞伎を通じて学びました」。丁寧に言葉を選びながら話す高久さんのそぶりに、大人顔負けの律義さを感じるとともに、歌舞伎と“人づくり”という一見意外な取り合わせが、むしろ自然に映った。

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夢を広げる塾生

 創立から今年で17年目。これまでに巣立った塾生の中には、役者を目指そうとする子供も少なくない。そんな塾生の思いが松尾塾長を戸惑わせる。「歌舞伎の世界は不条理なほどの世襲制。舞台の中心に立つのは一座の御曹司だけ。多少の経験者が役につくことはおろか、舞台の袖にさえ立てない」ためだ。

 しかし、本音はこれとは別。「厳しい世界には行かせたくない。でも、子供たちが生き生きと夢を語る姿には胸を熱くさせられ、応援してあげたくなる」と松尾塾長。こう打ち明ける姿に、子供たちの「人生の舞台」を思いやる深い愛情が込められていた。
(おわり・杉原尚勝)(05.1.9)
 


<松尾芸能振興財団>1979年、松尾塾長の父、松尾國三氏(84年没、享年84)が私財を投じて設立した。日本の伝統ある劇場芸能を助成振興し、日本独自の文化や芸能の保存と向上に寄与するのが目的。出演者や助演者、研究者らに対する助成や劇場公開の援助などを行っている。
 

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