ゆとりへの旅路
全国活性化ルポ

長野県飯田市


ぬくもり伝える農家民泊
300戸が受け入れ

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環境、生活生かす

 「このまちに東京ディズニーランドはできないし、いらない。身の回りにある農村環境や生活を生かす体験観光こそ、まちを輝かせる」。人口10万7000人。長野県南部にある飯田市の市役所で、産業経済部農政課の小椋貴彦主査はそう力を込めた。

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 飯田市は北アルプスなどを擁する県北部と比べ、観光資源に乏しい。川下りなどが楽しめる市内唯一の観光スポット、天竜峡の入り込みもピーク時の60万人から3分の1まで減少した。そんな中で市が新たに取り組んだのが、農家を主な舞台とする体験教育旅行、民泊や、ワーキングホリデーなどのグリーン・ツーリズムだった。

 「すべては5年前、国の事業で農業研修生を受け入れたのが始まり」。市の中心部から車で15分。山あいにある千代地区の兼業農家、太田いく子さん(53)は振り返る。

 同地区は市内でも特に高齢化が進み、若者の都市部への流出が目立っていた。地域に「何とかせな」という機運が高まった。太田さんをはじめとする農家3戸が主体となり、国の「UJIターン定住促進事業」を活用して農業研修生を受け入れた。

 これをきっかけに、太田さんの家には5年間で約300人が宿泊。修学旅行生、情報誌を見て訪れる家族、本格的に就農を目指す青年。多くは関西、関東の大都市圏からだ。

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牛のたい肥を使った有機栽培の野菜料理などでもてなす太田いく子さん

離れる時には涙

 子供たちは太田さんの実父計一さん(86)の造った水車に歓声を上げ、果樹園の手伝いや牛の乳搾りに四苦八苦。運がいい時は牛の出産にも立ち会える。大人たちは自然に囲まれた農村で、知らぬ間に癒やされていく。

 太田さんは「小さな子や都会の娘さんまで、離れる時は涙を流すんよ。『世界ウルルン滞在記』はテレビだけの話と思ったら、ここでもあったんら」と目を丸くする。

 2000年には、訪れた人々をもてなす農家レストラン「ごんべい邑(むら)」も同地区にオープン。有限会社を立ち上げた3人のうちの1人で、専業農家の市瀬鎮夫さんは(56)は「これまでは拡大ばかりの農業を目指してきたが、ちっとも面白みがないことに気付いた。生活も楽にならない。どうせやるなら楽しく、売る農業からつくる農業へ。この土地で取れた恵みを、多くの人で分け合おうという夢に行き着いた」と語る。

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誇りを取り戻す

 農家民泊の受け入れは市内全体で300戸まで増え、2002年度に訪れたのは198団体、1万7000人。市はこうした実績を踏まえ、昨年、国の構造改革特区で、「南信州グリーン・ツーリズム特区」として簡易消防設備でも民泊営業できる許可など4つの特例措置を申請し、認可を受けた。

 小椋主査は「地域で何とかしようと話し合ってきた素地と、行政の支援がうまく結びついた。経済波及効果だけではなく、何よりも外から来た人々によって、農家が誇りを取り戻していることが一番の成果」とする。

 押し迫った昨年末。この日も太田さんは牛に餌をやりながら、東京から来る客人の準備に追われていた。「農地があって家畜がいて、そこに人情あふれる人がいる。この土地を心から愛し、生きざまをさらけ出せば、自然と魅力は伝わる」と言う。

 ここには、有名な観光地やレジャー施設では味わえない人と人とのつながりがある。「また、来たい」。そう思わせるぬくもりを感じた。 (酒井花) (第1部おわり)(04.1.10)

<南信州グリーン・ツーリズム特区>飯田市が申請。同市が中心となり、周辺町村と連携を図りながら体験型観光の誘致に力を入れ、農家の仕事を手伝う「ワーキングホリデー」や人材育成のための南信州あぐり大学院開講などに取り組む。特区では、企業やNPO法人の市民農園開設、農家民泊の簡易消防施設、どぶろく製造など4つの特例措置を受けた。

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