学校給食発祥の地 

郷土愛育てるオール地場産
生産者の苦労も紹介

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年3回鶴岡産デー
 「庄内地域が安心・安全でおいしいものを生産できる土地だということを、子供や父母に理解してもらいたい。安心・安全でおいしいものを生産するためには、自然環境が大事で、それにより健康な体づくりができるのだという考え方にも広がっていけば…」−。学校給食発祥の地・山形県鶴岡市学校給食センターの斎藤禎子係長(47)はこう期待している。

 同センターは年3回、“究極の地産地消給食”「オール鶴岡産デー」を実施している。この1日は調味料などを除く食材をほぼ100%地元で調達する。21日は今年度2回目の実施日。市東南部の斎(いつき)小学校には、メーンの郷土料理「いもご汁(しる)」用のサトイモを生産した校下の農家、薄衣(うすぎ)喜市さん(57)が訪れ、4年生22人と同じ食卓を囲んだ。

 薄衣さんは「土に余計なものを入れると、川や海を汚す。地元の土から取れる本来の味を提供したい」と無肥料でサトイモを栽培した。今年は冷夏で収量が予定の半分だったが、児童には「来年頑張ります」と“決意表明”した。来年用の種イモは準備済みだ。

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JAが特別栽培

 鶴岡は「はえぬき」に代表される庄内米の中心産地。同センターは週4回の米飯給食の米をすべて地場産でまかなう。ただ、畑作品となると、生産量の少ない種類もあり、米を除く庄内産比率は数年前まで2割弱にとどまっていた。

 市農業委員会は2001年12月、給食も含めて地場産物の消費拡大を求める建議書を市議会に提出。これを機に、同センターなど市側と生産者(JA鶴岡)との協議が本格的に始まり、02年の「鶴岡産デー」スタートにつながった。

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学校給食発祥の地・鶴岡市で実施されている“究極の地産地消給食”「オール鶴岡産デー」。生産者も招き、児童と食卓を囲む(21日、斎小学校)
 「学校給食で地産地消を進めることは、食に関する教育をはじめ、子供と地元とのつながりを深め、郷土愛が育つなどさまざまな意義がある」と同JA営農部販売課の小野和治係長(44)。同JAは、庄内で生産が少ないジャガイモやタマネギ、ニンジンなど7品目を、組合員10人で給食用に特別栽培する体制を整えた。薄衣さんもその1人だ。

 センターは「鶴岡産デー」の前に、「学校給食だより」の“号外”を必ず出す。栄養士らが生産農家を直接取材し、写真や図付きで、栽培のコツや苦労を紹介する。「ただ食べさせるだけでなく、生産者の工夫や苦労を伝えることが大事。今後は、給食を含めた食と地場の農業との結びつきを、どう授業に関連づけていくかが検討課題となるだろう」と斎藤係長。

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コストなど課題

 「農業には『適地適作』という言葉がある。地産地消にこだわっても、地元産の品質やコストが主産地にかなわないという矛盾も抱えている」と小野係長。センター側でも「オール地元産だと、どうしても1食当たりの費用は高くつく」(斎藤係長)という問題は確かに残る。

 ただ、鶴岡では豆腐やみそなどの大豆加工品でも、納入業者に地場産原料使用を徹底させるなど、給食と地元の結び付きは着実に強くなっている。斎藤さんは言う。「楽しく、おいしく食べるということは本来、家庭で身に付くべきことだが、共働きの増加などで家庭の味が減ってきている。地元産のおいしさを理解するきっかけに給食がなることができたら…」

 人間が生きていく上で最も基本的な「食」に関する教育は、農業という基盤があって、より豊かに展開可能。それを生かすかどうかは地域の考え方次第だ。(高久佳也)(03.11.25)

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 植物、動物という生き物を相手にし、人間が生きていくために不可欠な「食」を生み出す農業は、幅広い意味で教育分野ともかかわりが深い。年間キャンペーン第5部では、農と教育の“相互作用”について考える。

<学校給食発祥の地>1889年(明治22年)、鶴岡市の大督寺境内にある私立忠愛小学校で、生活が苦しい家庭の子供たちに昼食を与えたのが、学校給食の始まりとされる。1965年には県内で初めて共同調理場が建設された。現センターは87年から。1棟2調理室の方式で、市内27小・中学校に約9900人分を配食している。(2003年4月現在)

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