農業の新たな挑戦
全国先進地ルポ

大分県安心院町


「農」プラス「観光」
飾らない生活で心癒やす
年間2千人波及効果も

 農業ほどすそ野が広い産業はない。生産物の流通や加工はもちろん、観光、教育など波及効果は限りなく広がっていく。しかし、そのやり方には知恵と工夫が必要だ。地方の活性化が難しい時代になればなるほど、農業が基盤の十勝は、農にプラスアルファを求めざるをえない。年間キャンペーン第1部では、農業に新しい価値を見いだした国内の先進事例を紹介する。

□□−−−−−□□

日本のGT先進地
phot

飾らない農家の生活が“癒やしの場”として人気が出ている安心院町の農家民泊(矢野俊彦さん宅)

 「市場に左右される生産活動だけでは先が見えちょる。なにか農業にプラスになるものはなかろうか」。大分県北部、山々に囲まれた人口8000人余りの安心院(あじむ)町は、知る人ぞ知る日本のグリーンツーリズム(GT)の先進地。のんびりとした棚田の光景の中に、夫婦2人で農家民泊に取り組む矢野俊彦さん(72)宅があった。特別なもてなしはないが、飾らない農家の生活そのもので宿泊客の心を癒やす。7年前に農家ら数人で始めた取り組みは、年間2000人以上を引きつける“感動産業”にまで発展している。

 矢野さんは、米を中心にカボチャやダイコンなどの野菜も手掛ける農家。気さくな人柄が人気で、年間約250人が泊まる。裏山からわき出る石清水でコンニャクや豆腐づくりが体験できるのも特徴だ。

 「ここらでは昔から金を使わずどれだけ自給自足できるかが、農家の嫁の評価につながったとです」と妻の英子さん(66)。農家生活そのものを体験できるGTは、食事などの面で農家の奥さんたちが主役を担っている。振る舞う料理は、自慢のなべ料理をはじめ、茶菓子のヨウカンまでほとんどが手作り。夫妻と1つの食卓を囲んで同じものを口に運ぶと、安心感がわき、知らずに会話も弾む。密度の濃い「心と心の交流」は、リゾート地では味わえない。

 観光客を受け入れている15戸の農家は「無理せず気軽に」をモットーに特別な自宅改造をしていない。「初期投資をして、金もうけに走れば雑になりよる。無理せずにもてなすのが一番」(俊彦さん)とあくまで自然体。また、農泊を収入の中心と考えている農家も皆無だという。

□□−−−−−□□
phot
県が営業許可

 ただ、最初は法的な規制が大きな壁となって立ちはだかった。客から営利目的で料金を徴収するためには旅館業法、飲食を提供するには食品衛生法の許可が必要になる。同町では、農家民泊の目的を営利ではなく都市農村交流事業と位置付け、宿泊代を「謝礼」としたほか、食事は農家と宿泊者が一緒に作る。こうした独自の「会員制」というアイデアに突破口を見いだしてスタート。同時に規制緩和も県に要求し続けてきた。

 当初は、一部から“グレーなやり方”との批判を受け、役場内でも意見が二分した。町GT係の河野洋一係長(40)は「火災、食中毒が一番の心配だったが、農家が自主的に安全管理を徹底させたので、問題は全くなかった。とにかく行動することが大切」と当時を振り返る。

 宿泊客は隣接の福岡県を中心に年々増加した。昨年3月末には、ついに県が同町の農家を旅館業法に基づく簡易宿泊所として営業許可した。大分県GT研究会(当時は町研究会)の宮田静一会長は「歴史的な瞬間だった」と喜びを語る。

□□−−−−−□□

「やりがい感じる」

 GTは、安心院の名をブランド化し、町内の農作物直売所の売り上げを5年間で2倍に伸ばした。矢野さん夫妻は「宿泊客の喜ぶ顔を見て、農業に自信が持てるようになった。今はやりがいを感じちょる」と笑顔。高田文義町長は「それまで農協、共販(共同販売)頼みだった農家を自立させた。意識改革という意味も大きい」と波及効果に驚く。

 帰り際、俊彦さんが庭先のカボスをもぎ取って「持っていきんしゃい」と手渡してくれた。その心遣いと新鮮な甘酸っぱい香りに、この町の人気の秘密が分かった気がした。(和田善史郎)(03.1.3)

<メモ>安心院町では1996年、民間による町グリーンツーリズム研究会が発足。宿泊代金を「謝礼」として支払う「会員制」として農村民泊を推進。参加15戸以外にも、イベント時だけの宿泊や農業体験のみに対応する農家もある。02年3月の大分県の規制緩和を受け、役場に全国初となるグリーンツーリズム推進係を設置し、注目された。

|1| index


HOME