生き残りにかける
全国自治体に学ぶ

まちのかたち 変わる地方自治=6=

神奈川県小田原市


自治体版シンクタンク
“協働”で政策形成能力向上へ
歴史生かしてまちづくり

◆−−−−−−−◆

らしさを発信

 「ここから生まれるものは大きい。市の財産や資源を育て、小田原らしさを発信していくことが役目」と、小田原市政策総合研究所副所長の石嶋襄企画部次長は誇らしげに語った。案内された場所は市役所庁舎企画部の一画に設けられた質素な作業スペースだ。

phot

市内の別邸調査などのフィールドワークを行う市民と職員、学識経験者たち

 「住民が自分の目で都市を選ぶ時代。都市間の政策形成の争いになる」。行政改革を進める小澤良明市長(58)の強い意向が、2000年春に自治体版シンクタンクを発足させた。目的は自治体としての政策形成能力を高めること。所長の後藤春彦早稲田大教授をはじめ学識経験者が6人。行政からは関係課と役所内の公募で選んだ16人、これに自営業や学生など6人の一般市民が結集した。

 小田原駅を降りると、小田原城の天守閣が間近にそびえる。自然と足がそちらに向かうが、道中に古い町並みがあるわけでもなく、あてもなく周辺を散策しても歴史を感じさせるものは見つからない。市街地はどこか素っ気なく感じた。

 研究所の思いも同じで、研究の柱には「箱根、伊豆への通過点」から脱却する魅力的な町づくりを据えた。歴史ある小田原らしさを生かした「オンリーワン(唯一)」のまちづくりを目指した。

◆−−−−−−−◆

別邸利用など研究

 初年度は郊外大型店の進出によって衰退した中心市街地の活性化を目的にした「旧東海道周辺のまちづくり」や、活用法が見いだせなかった近代政財界人の別邸の利用を研究した。01年は幅を広げて、歴史的遺産や固有の産業・生活文化のリストを作っている。

phot
 会議は2週間に1回のペースだが、現場には真夏の炎天下でも何度も足を運んだ。市内に点在する別邸などの建物調査のほか、「ちょうちんや蒲鉾(かまぼこ)などを扱う職人や商店の店主と直に触れ合い聞き取りをした」(時田光章企画政策課長補佐=主任研究員)。写真に収められた職員と市民が一緒になって汗をかく姿から、漠然としていた“協働”がイメージできた。

 実際に市民と町を歩いて現場を回ることで、職員自身が気付かされることも多かった。歴史的建造物の利用価値などをめぐり深夜まで議論を交わし、電子メールでは毎日意見をぶつけ合うことで、一から課題や問題点を整理できたという。時田課長補佐は「参加する職員の意識も変わってきている。識者や市民との議論で、先例のないところから政策形成するトレーニングになっている」と強調する。将来的には職員研修の一環としても組み込む考えだ。

 01年度は「市民ラボ」としてこれまでの研究成果を市民に周知しようと、市民研究員が中心となってワークショップを展開している。石嶋次長は「市民の間にも波及効果がある。地道な活動だが2年目として確実に階段を上っている」と手ごたえを語る。いずれは市民自らがテーマをデザインし、コンペで発表できるような体制を整えるという。

◆−−−−−−−◆

研究は徐々に結実

 研究所の提言に基づいて昨年旧網問屋を改修して整備された「なりわい交流館」は、現在観光案内と市民の町づくり交流の拠点として機能している。別邸も文化遺産として価値が見直され、保存と活用が進んでおり、研究成果は徐々に実を結び始めている。  帰りがけに時田課長補佐が市内を案内してくれた。国道1号沿いに威風堂々と構える交流館、美しく整備された別邸が、市民と行政、識者がスクラムを組んだ小田原の新しい町づくりを象徴しているように感じた。
(年間キャンペーン取材班=古川雄介)(02.1.9)

神奈川県小田原市
 <小田原市>神奈川県西部、人口19万9878人(2001年12月1日現在)。東海道の宿場町、北條氏以降は城下町として栄えた。2000年4月に全国でも珍しい自治体版シンクタンク「小田原市政策総合研究所」を設立。01年4月から特例市に移行した。町のシンボルは小田原城、市内に山縣有朋の「古稀庵」など明治以降の政財界人の別邸も数多く残る。

|6|index


HOME