| 生き残りにかける 全国自治体に学ぶ まちのかたち 変わる地方自治=3= 熊本県中球磨郡 |
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危機感背景に行政がけん引 機会あるごとに住民と対話 「この5年間で1000人も人口が減ってしまった。(合併は)仕方ない。今は早く実現してほしい。話し合いも多かったのでうまくいくと思う」。熊本県中球磨(なかくま)郡免田町商店街。慌ただしく開店準備を進める理髪店店主(73)は、合併についての思いをこうもらした。「店に来る客も同じ考えの人が多い」とも付け加えた。
5町村が来春予定 熊本県中球磨郡の5町村(免田町、岡原村、上村、須恵村、深田村)は、2003年4月の合併目指し準備を進めている。日本三大急流の一つ「球磨川」沿いの盆地で、深い川霧が立ちこめる地域の朝の様子は、新町名「あさぎり町」にふさわしかった。 免田町長で中球磨5か町村合併協議会の植薄清重会長(74)は「地方分権の進展で、国や県、他の自治体と対等に渡り合う時代。右肩下がりの歳入しか見込めず、このままでは将来の住民に安定したサービスを約束できない」と合併を決断した胸の内を明かす。 地理的にも歴史的にも関係の深い5町村。1950年代の昭和大合併の時代にも、合併を模索した。当時は、免田町以外の4村が大量に所有する山林が、膨大な財源となり、4村は合併に消極的でとん挫した。しかし半世紀の間に山林の価値は暴落し、将来への危機感は共通の認識になった。
生の声出し合う 全国では「合併は住民主体で」と盛んに言われる。しかし同合併協議会の平野正見事務局長は「行政として長い目で見て合併が必要なら、強気で主導しなければ実現しない」と、行政がけん引役となって進めたことを強調する。 5町村は共同で、議員(全58人)の勉強会や住民向けシンポジウムを開催。老人会や青年団の会合など、職員が同席する場ではすべて合併を提起した。行政と住民が生の声を出し合うことで、合併への道が開けていった。住民に合併問題を投げかけ続けた結果、67地区にも及ぶ住民座談会は、最高100%、平均70%の出席率に上った。税や公共料金の額よりも、役場がなくなる4村の地区対策に関心が寄せられた。
周辺へ影響も
5町村長による合併協定書調印を昨年11月22日に終え、残すは県や国への事務手続きと各議会の議決。合併は目前まで迫っているが、地域に新町をPRするポスターは見られない。代わりに、住民の家を訪れると、合併協議会の広報のつづりを示してくれた。住民との数多い対話が、大々的な宣伝を不要にしている。
新町が実現すると、周辺の球磨地方では中心都市の人吉市の3万9000人に次いで2番目、県内83町村では9番目の人口規模となる。同じ過疎の苦しみを味わう周辺中山間町村は「うちの町も早くしないと、負けてしまう」と危機感を募らせている。地域の生き残りをかけた合併選択は、周辺市町村にも対応を迫っている。
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