生き残りにかける
全国自治体に学ぶ

まちのかたち 変わる地方自治=1=

福岡県赤池町


倒産からの脱却
「体張った再建」で意識改革
行政、住民に一体感

 年間キャンペーン「まちのかたち−変わる地方自治」第1部は、取り巻く環境が厳しくなる中、全国の地方自治体の生き残りをかけた取り組みを紹介します。

phot

「明るくする会」がライトアップしている町立病院前のメタセコイア。再建脱却を機に「新生の灯」と命名された

◆−−−−−−−◆

10年の経験は貴重

 「財政再建団体としての10年は長かったが、その経験は貴重。サービス低下と全国的な不名誉という犠牲を払いはしたが、地域のしがらみを断ち切ることができた。住民や職員の意識が変わったことが大きい」

 福岡県赤池町は昨年12月17日、全国で唯一の準用財政再建団体(倒産自治体)から脱却した。小高い丘の商店街の外れにある同町役場庁舎。2階の町長室には、吹き抜けロビーから職員らの明るい声が響く。その町長室で、再建団体指定(1992年)を町議会議長として迎え、94年から町長として先頭に立った水永康雄町長(63)は、10年間の意義をこう強調した。

 町長室から一望できる町内には、豪華なかわらぶきの家が並ぶ。赤池鉱業から住民に払われた鉱害補償金で、まちがうるおってきた象徴だ。しかし炭鉱閉山後の70年代から、状況は一変した。炭鉱からの固定資産税などがなくなった上、地域活性化施策として公共事業を乱発したことが財政を圧迫。なかでも、町土地開発公社が造成した工業団地の売れ残りが負担となった。90年度決算額53億円に対し、公社の清算額は31億円。借入金は72億円にふくれあがった。残された道はなかった。

◆−−−−−−−◆

徹底して予算削減

 「削れる予算はとにかく削った。単年度黒字を目指し、削った分はすべて赤字解消に回した」。中原和義企画財政課長は、再建に向けた取り組みを振り返る。113人いた職員を101人に削減し、給与も県最低レベルに引き下げた。一方で公共料金を軒並み値上げし、各種団体への補助金も大部分カット。委託していた道路補修や草刈りは職員の手で実施した。

phot
 「口で言っても伝わらない。体を張った」(水永町長)ことで、職員の意識は変わった。中原課長は「お金を使わずに何ができるかを考えるようになった」という。議会や地域有力者からの要望も「国の許可が下りないから」と断ち切ってきた。

 役場前の坂道を下ると、赤池駅前に名産「上野焼」の看板と大きくそびえるメタセコイアの木が目につく。住民ボランティア「明るくする会」(高鶴享一代表)はこの木に取り付けたイルミネーションを「再建の灯」と名付けた。住民の願いを込めた明かりが、町を照らしてきた。高鶴代表は「忍耐の10年だった。町民がいかに炭鉱や鉱害復旧事業にぶら下がってきたかに気付かされた。自分でできることは自分でという意識が広がった」と、10年を振り返る。依存体質からの脱却意識が、町民に芽生えたことを強調。再建中に同会を含め9つのボランティア団体が生まれたことが、そのあかしとなっている。

◆−−−−−−−◆

「自分たちも動く」

 2000年度決算では先送りしてきた累積赤字を解消し、1億7000万円の黒字を生んだ。予定より2年早い再建達成。借入金は半分の38億万円に減り、公債費比率10・6%(90年度25・7%)になった。「ようやくスタートラインに立った」(総務省自治財政局)だけだが、町には安ど感が広がっている。

 再建団体脱却後、町長室には視察やマスコミだけではなく、住民の出入りも増えた。さっそく住民から要望が出始めている。ただ、再建前と違うのは「自分たちも動く」(高鶴代表)との条件が付いたことだ。水永町長は「行政と住民の距離が近づいた。安易な要望を復活させてはならないし、今後の事業は収支をよく考えて町民と相談したい」と力を込める。行政と住民の一体感が財産となった。
(年間キャンペーン取材班=岩谷真宏)(02.1.3)

<準用財政再建団体>
 実質収支額が一定額(市町村は標準財政規模の20%)を超え、国の指導の元で財政再建に取り組む自治体。独自事業が制限され、再建計画をそれる予算措置はすべて国との協議が必要になる。過去10年では赤池町のみだが、同町周辺も過去に再建団体の経験がある。

福岡県赤池町
 福岡県中部に位置し、人口1万195人(2001年10月末現在)。1970年に地元の赤池鉱業が閉山した。来年400年祭を迎える茶陶・上野焼の窯元が多数存在し、陶芸の町として知られる。

|1|7 index


HOME