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【若林聖子の遊楽ナビ】ライフ編:乳がんナビゲーター 小川由紀子さんに聞く

  • 2016年9月9日 11時59分

 もしも自分が「がん」になったら…。小林麻央さんや北斗晶さんら有名人のがん公表に影響を受けて検診に行かれた方もいるかもしれません。

 今回は、41歳で乳がんになり、現在はピンクリボンアドバイザー(中級)と乳がんナビゲーターとして活動する帯広出身の小川由紀子さん(44)にお話を伺いました。

「病気は予期せずやってきたが、そこで得られたことがたくさんある」と小川さんは力を込める

患者に「体験」伝えたい
情報少なく不安で孤独 支援の手を

 -帯広にはいつまでお住まいでしたか?
 2歳の頃まで住み、その後、離れました。でも結婚後、再び主人の転勤で住むことになって。おいしいものを食べたりドコモショップで働いたりと満喫していました。

 -その頃は、まだ体調の異変などはなかった?
 全くなかったです。その後、札幌に引っ越して娘を出産。ようやく授かった子どもですから、かわいくてかわいくて。その娘が2歳の時に乳がんが分かった。お風呂で体を洗っているとき、右胸にしこりを見つけて。1年前にマンモグラフィーを受けて半年前まで授乳もしていたので、「まさか」という感じでした。

 -病院で「がん」と言われた時は、どんな気持ちになりましたか?
 「何で今なの?」という感じでしたね。まだ子どもがこんなに小さいのに。だからこそ「ここで死ねない」とも思いました。告知から病院・治療方法の決定まで3週間しかありません。それなのに、とにかく情報が少ない。不安な気持ちが多い中、ブログなどを検索し続けました。こうした出来事が「乳がんナビゲーター」として情報を発信していこうと思ったきっかけです。

「受け身にばかりならず自分から」をモットーに活動する小川さん(左)に敬服です

 -どんな治療をされたのですか?
 私の場合はリンパ節への転移があったので、手術前に抗がん剤を投与し右乳房を全摘出。その後25回の放射線治療をしました。不安でつらくて孤独な時間でした。夫は私の病気が分かってから転勤ができなくなり、職場にも迷惑がかかって。両親は娘の面倒を見なければならない時間が増えて大変そうでした。

 がんは家族も巻き込む病気。もし、身近な人がなったら助けてあげてほしい。ちょっと子どもの面倒を見たり、話を聞いたりするだけでよいと思う。

 -現在は?
 疲れやすかったり、頭頂部の髪の毛が生えなかったり。治療が終わっても、決して以前の生活とは違う。それでも仕事はできるし、温泉にだって行ける。仮にがんになっても、諦める必要はないし、自分や何かを責める必要もない。そうしたことを伝えていけたらと思い、乳がんの体験トーク会やお茶会などを札幌で開催しています。がん患者が一番欲しいのは「体験談」。いつか故郷の十勝でも開催したいと思っています。

 もちろん私自身、再発は怖いです。でも、ポジティブな時もネガティブな時も自分らしく生きられたら!

 問い合わせはogawatchome.222@gmail.comまで。

<乳がん>
 乳房にある乳腺に発生する悪性腫瘍で、症状はさまざま。症状は、しこりや痛み、血液が混じったような分泌物が出る、乳首のただれ、皮膚のくぼみ、赤い腫れ、脇の下のしこりなど多岐にわたる。乳がんにかかる人は毎年増えていて、現在は12人に1人の女性が、2020年ごろには毎年10万人の女性がかかると推計。また、30歳代後半から急激に増加し、働き盛りの女性に多い疾患とされる。診断や治療が進歩した現在も、乳がんになった女性の約20%が亡くなる現実がある。(出典・認定NPO法人乳房健康研究会、国立がん研究センターホームページ)


<わかばやし・せいこ>
 札幌を中心にフリーでキャスター、ライターなど幅広く活躍。札幌シティガイド、北海道フードマイスター、ジュニア野菜ソムリエの資格も有し、札幌の観光やグルメ事情に詳しい。

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