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【年間キャンペーン とかち 新・働く考】特別編 私のスタイル(中)

2013年03月14日 13時25分

解体作業の方針について話し合う前田さん

仙台で解体工事業 前田吉昭さん(40)=池田育ち
復興の役に立つ会社目指す

最新機器そろえる
 仙台市にある昭希組の代表。国内に3台しかない機材など、解体工事に使う最新機器をそろえる。「震災の復旧・復興に関係する解体は、従来以上に危険度が高い。最新機器で仕事の効率も上がるが、何より、携わるスタッフの安全を守れる」。4月には、独・ミュンヘンで開かれる建設機械の見本市に行く予定だ。

 釧路管内標茶町生まれ。小学2年のときに池田町に移住、高校まで過ごし、今も実家がある。仙台市の自動車整備専門学校を卒業し、自動車販売会社の整備工として就職したが、「バイクレーサーになりたい」と2年で辞めた。しかし、夢の実現には資金が続かなかった。

 そんなとき、バイクレースを通じて知り合った解体業の社長からアルバイトに誘われた。仕事はきついが、会社員時代に比べて2、3倍の収入。「現場を任されると給料は跳ね上がった。自分でもできると思い、それしかなかった10万円を握り締めて事業を始めた」と、独立の経緯を振り返る。1998年に法人化、今は従業員を20人以上雇う。

 東日本大震災があったときは、同じ宮城県の松島町にいた。地面が割れるのが見えた。同町は標高6、7メートル。すぐに津波が来ると感じた。「車で高台に逃げて助かったが、さすがに最期かもと覚悟した」

翌日から仕事殺到
 普段は約1時間の道を夜通し運転して仙台に戻ると、翌日、がれきを片付ける仕事が殺到した。スーパーは商品があっても危険で開店できない。病院では煙突が傾いて倒れそう。一方、作業員は全然集まらない。知り合いの業者に連絡し、人をかき集めた。すると、今度は食料がない、燃料もない。結局、自ら山形や栃木まで買い出しに行き、何度も往復して確保した。

 震災からこの2年は「あっという間」で、復旧・復興はまだ進んでいないと肌で感じる。その中で、今後は家屋のリフォームの仕事を本格的に展開するつもりだ。「解体からリフォームまで一貫してできれば、被災者の負担を減らせる。耐震補強も含め、少しでも被災者の役に立てる会社にしたい。それが生き残った者の責任」。震災から3年目の決意を、こう固めている。(井上朋一)



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