HOME 特集 【年間キャンペーン とかち 新・働く考】私のスタイル(2)
   | メール配信登録  twitter facebook |

特集

【年間キャンペーン とかち 新・働く考】私のスタイル(2)

2013年01月04日 14時09分

     

小学校教諭を辞め、スポーツクラブのマネジャーとして地域づくりに情熱を傾ける小田さん

NPO法人幕別札内スポーツクラブマネジャー 
小田新紀さん(40)=音更
安定より生きがい求め

 人生の折り返し地点に近づき、何のため、誰のために働くのかを考えた。「生きるための仕事でなく、生きがいのための仕事をしたい。人生は一度だけ」。37歳だった2010年、浦幌小を最後に、14年間にわたる教職生活(小学校)にピリオドを打った。安定した公務員の立場を捨てることに、迷いはなかった。

 幕別町に同年、総合型地域スポーツクラブを設立し、クラブマネジャーとして全体を統括する。町札内の旧教員住宅がクラブの事務所。ここを拠点に、小・中学生のサッカーチームや軽スポーツサークルなどの運営、文部科学省のトップ選手派遣事業の実施などで管内外を飛び回る。

教員から転身
 「教職が嫌で辞めたのではない。楽しい思い出の方が多かった」。愛知県岡崎市に生まれ、道教育大札幌校を卒業後、士幌小を振り出しに十勝で教職の道に入った。子供好きで、競技経験はなかったものの、担任を持ちながらサッカーのクラブや十勝選抜チームを指導した。

 ただ、両立して続けるには物理的な限界を感じた。学校外の活動には、教職では得られない満足感もあった。「地域に腰を据えて子供たちを育てたい。その思いを実現するには、外に出た方が可能性が広がる」と考えた。

 現在はスポーツと人、地域をつなげる“仕掛け”に頭をひねり、スタッフを雇う収入源も探さなければならない。「自分で切り開いていくしかない。失敗したら自分の責任。でも、受け身でなく主体的に何かをするのが楽しい」。仕事という感覚は薄く、「ライフワーク」という言葉がぴったり合う。

理想目指して
 昔の仲間など周囲からは「うらやましい(生き方)」と言われる。ただ、その後に「大丈夫なの?」とも。子供はいないが、教職時代の半分以下になった給料で妻(39)との生活を支える。「分からないというしかない。基本的に先は見えない」。だが、こうも思う。「お金は何とかなる。たとえ駄目になっても、自分が前向きに生きられれば、仕事は何かしら始められるから。それならチャレンジしよう」と。

 自分の働き方を他の人に勧めるつもりはない。「いろいろな生き方がある。『今の仕事が嫌』だからではなく、本当に何かを目指す意志が必要だから」

 昨年12月下旬、札内北小の体育館。担当する小学5・6年生のサッカーチームの指導で、子供たちと一緒に笑顔の輪をつくる小田さんの姿があった。夢を尋ねると、「子供を通じて大人や地域がつながり、みんなが笑顔になる地域をつくりたい。ばか正直かもしれない。でも、理想を目指して生きないと面白くないじゃないですか」と真っすぐな視線で語った。(安田義教)

 <NPO法人> 特定非営利活動法人(Non−Profit Organization)。営利ではなく、社会貢献を目的とした組織のうち、法人格を取得して活動している団体をいう。道内の認証数は1070団体(昨年11月末現在)で、うち十勝管内は121団体。活動目的は「保健、医療又は福祉の増進」が最も多く、「子どもの健全育成」が続く。



Facebookページに、取材した記者の感想など編集後記を掲載しています。

観光特集(勝毎電子版)
十勝川白鳥大橋ライブカメラ
6~12時 12~18時
13日の十勝の天気
最高気温
0℃
最低気温
-8℃
朝日デジタル

今、なぜ「かちまい」…
ご購読のお申し込み