特集
【あの日あの時−十勝ひと物語−】 元おびひろ動物園長 高橋久道さん(4)
ナキウサギとの縁
苦労して展示するも続かず
ナキウサギとは深い縁があります。ナキウサギは1927年にオホーツク管内置戸町で、日本で初めて発見されました。私が動物園に入った50年代は戦争の混乱から世の中も落ち着いて、実験動物をいろいろと探し始めていた時代。動物園に入り、野生動物の勉強をしなければと北大農学部応用動物教室に出入りしていた私はそのとき初めてナキウサギを知りました。
その教室の芳賀良一先生が研究を始めたところで、ナキウサギを捕りに行くため、現場に誘われたのが最初の付き合いです。捕獲した際に入れるリンゴ箱3つか4つを持たされ、喜んで行きました。当時はネズミみたいだけどしっぽが短いので「ゴンボネズミ」と呼ばれていました。かごのネズミ捕りにリンゴを入れて山の岩場のあちこちに置きました。初めて見るナキウサギはまさにゴンボネズミという感じで、昔の人はいいことを言ったものだと思いました。27年まではネズミだと思ってみんな相手にしなかったのでしょう。鳴き声には驚かされました。
62年の12月、上野動物園から「来年の卯(う)年に合わせてウサギの展覧会をやるからナキウサギを捕まえてほしい」と依頼がありました。私も動物園仲間に知られる男になったと気分を良くして、同僚と日高の山に捕りに行きました。近くの農家に休憩場所を頼み、ルンペンストーブと炭、むしろを背負って山に入りました。ネズミ捕りを仕掛け、雪に穴を掘り、ストーブを設置して暖を取って寝泊まりしました。20日間くらいはこもっていたと思います。起きている分にはよかったのですが、夜は寒くてなかなか眠れませんでした。5〜6匹を捕まえ、暮れに上野に送りました。1月1日に展示されましたが、1日で死んでしまったようです。
この秋、おびひろ動物園に赴任しました。ある日、帯広のある菓子店で「ナキウサギせんべい」を見つけたのですが、そのウサギの耳が長かったのです。これは何としても十勝の人にナキウサギを見せなくてはと飼育を考え始めました。田上与四市助役に赴任のあいさつに訪れたときに「できるだけ北海道の動物を集めてくれ」とも言われていました。
そのころ、畜大の教授となって帯広に来ていた芳賀先生にも相談し、士幌町のガレ場でナキウサギを捕獲することを決めました。檻(おり)の中で飼ったらすぐだめになるのはわかっていたので、日高石でガレ場を作ることにしました。日高町役場に相談し、砂利が無くて道路を造るのに困っていた日高町にトラック3台分の砂利を届け、帰りに日高の川から自然石を採って帰ってきました。
サル山の裏あたりに放飼場を造り、斜面の上の水飲み場の水を流す側溝を作って岩を冷やしました。涼しい岩のすき間で暮らしているので、土管やコンクリートブロックで仕掛けを作り、その上に自然石をごろごろと置きました。放飼場が完成し、67年7月、士幌からナキウサギ8匹を捕獲し放しました。
ナキウサギはすぐ岩間に入り、間もなくしきりに出入りして盛んに採食と貯食活動を始めました。しかし、2〜3週間後には姿を見せなくなりました。山の清潔な空気を吸って暮らしている動物なので、街にくると病気にかかってしまうようです。評判にはなりましたが、ナキウサギの姿を見た来園者はそんなにいなかったと思います。
(聞き手・澤村真理子)
−おびひろ動物園とナキウサギ−
ナキウサギはアジアや北アメリカ、東ヨーロッパの一部の寒冷な土地に分布。日本では北海道にエゾナキウサギが生息する。おびひろ動物園では67年に8匹を飼育したのに始まり、その後も何度か飼育したが、死亡や逃走を繰り返し81年1月10日以降の飼育記録はない。



