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【あの日あの時−十勝ひと物語−】 元おびひろ動物園長 高橋久道さん(3)
カンガルー人工保育にほん走
「生殺与奪の権」を実感
獣医師の資格を持って動物園に採用になりましたが、学校で習ったのは馬のことがほとんど。しかし動物園に入ったら野生動物ばかりです。知識はないし、勉強するための本もありませんでした。
動物園の仕事に慣れてきたころ、カンガルーが「放線菌症」にかかりました。歯茎が化膿してほほが腫れる病気です。全国のカンガルーに流行していたのですが、円山動物園はとにかく多く、次々にかかって困っていました。そんな中、放線菌症にかかったカンガルーの袋に赤ちゃんがいることがわかりました。お母さんカンガルーはやせてきて、このままでは子供が育たないと、赤ちゃんを母親から離すことにしました。
当時まだ人工保育の報告や記録はなく、皆目見当がつかなかったのですが、とにかくこのままではだめだと。袋から取り出すと500グラムほどの赤ちゃんでした。口は小さく、開いたり閉まったりしないのです。このカンガルーは生後100日くらいでしたが、赤ちゃんは母親の袋の中に入っておっぱいに吸い付いてぶら下がって育ちます。
人工でお乳を飲ませるにはどうすればいいかと考え、自転車のチューブについていた虫ゴムがカンガルーの乳首に似ていたので、それを切って注射器につけて粉ミルクを溶いて飲ませました。
半年後には呼べば走ってくるようになり、お母さんのポケット代わりに風呂敷に入れて歩いたものです。本当にかわいいカンガルーでした。人工保育は日本初だったようです。これが私にとって動物園の獣医らしいまともな仕事のはしりだった気がします。
当時、動物の治療は半分「博打(ばくち)」でした。北大農学部が所蔵する野生動物に関する分厚い本を何年も借りて一生懸命勉強しました。日本語で書かれたものはありませんでした。
病気といえば、私もすっかり園長面をしていた1967年のことです。ある養鶏場から動物園に「尾長鶏の具合がよくないから見てほしい」と電話がありました。自転車の荷物かごに入れて持ってきた尾長鶏の首は斜め横を向いていました。その年、日本中でニューキャッスル病がはやっていたのです。さっそく家畜保健所に対策本部がつくられ、動物園もクジャクなどの鶉鶏(じゅんけい)類に予防ワクチンをしました。数日後には音更の鶏舎にも発生して大騒ぎとなり、十勝管内では計1775羽の鶏が殺処分されました。
対策本部が終息宣言した後、動物園のクジャクの様子がおかしくなりました。ぐるぐると旋回しているのです。ニューキャッスル病と診断され、そのクジャクと一緒にいたクジャク8羽を全部処理し、クジャクを展示していた園の西側を立ち入り禁止にしました。石灰をまいたり、ワクチンも2〜3回接種し、約1カ月後、動物園の防疫体制を解除しました。
このときはマスコミが騒いでくれたので、シロクマやカンガルーなどの“目玉商品”を見せなくてもお客さんが来てくれました。それまで伝染病で動物を処分するということは考えていませんでした。「生殺与奪の権」。動物園の園長はまさにこれだったという気がします。(聞き手・澤村真理子)
−ニューキャッスル病−
ニューキャッスル病ウイルスによって起こる伝染性の強い疾病。流行ウイルス株によっては致死率が非常に高く、法定伝染病に指定。症状は気管や腸管粘膜、リンパ系臓器の炎症、出血、壊死(えし)など。予防対策は適切なワクチン接種と日常の衛生管理が重要となる。日本では1930年ごろにはすでに確認されており、67年ごろに頻発した。



