特集
【リーダーの視点】萩原建設工業 萩原 一利社長
十勝の基幹産業として、十勝の道を拓き、街をつくってきた建設業界が苦戦している。管内の公共工事は1998年度のピーク時から3分の1近くまで減少。道内では堅調と言われる十勝も厳しさは例外ではない。業界をリードしてきた萩原建設工業の3代目社長萩原一利氏は、帯広建設業協会の会長を務め、5月には道建設業協会の副会長にも就任した。現在の経済環境にどう向き合い、業界、一企業としてどう生き残りを図るのか、展望を聞いた。
(聞き手・安田義教、写真・折原徹也=毎月最終金曜日に掲載)
知恵と技術で荒波克服を

「農業基盤整備、災害対応などわれわれが役に立てることはまだある」と語る萩原一利社長
地域を守るインフラ必要
−萩原建設の社長と帯広建設業協会会長に就いて7年になる。
十勝の企業として地域に根差すことを目指してきた。地域があってこその93年。建設業の役割は大きく言って地域貢献。構築物で安心安全や利便性をいかに提供できるか、地域の人にどれだけ喜んでもらえるかだ。十勝、帯広の企業としての存在意義を高めたいと思い、取り組んできた。
−道建設業協会副会長にも就任した。管内では父一男氏(萩原建設前社長、故人)以来となる。
副会長は札幌、旭川、帯広から出ており、地方代表として選ばれたと思っている。岩田(圭剛)会長の方針に沿い、会長を支えながら地方の意見を訴えたい。親子2代というのは名誉なことだが、責任の重さも感じる。
−公共投資は年々減少しピーク時の3分の1になった。
北海道はいろんな意味でまだまだインフラ整備が終わっていない。道路建設などでよく言われる費用対効果は大都会の論理。民間でペイできる事業なら民間がすでにやっている。東京には公共交通手段がたくさんがあるが、車社会の十勝は道路がなくては移動できない。維持管理は必要で、費用対効果だけを考えたら、地方を全部切り捨てることになる。
−国や地方自治体の財政が厳しいのは事実だ。
必要のない公共工事は私もいらないと思う。ただ北海道は地震大国でもあり、日ごろの維持管理が安心安全を守ることになる。重機などを所有しており、災害時には率先して地域の安全を守ることができる。業界に与えられた一番大きな責務だと思う。
−十勝の基幹産業はは農業が堅調。一方で建設業は苦戦している。
十勝が日本に貢献できるとしたら食料を送り出すこと。農業粗生産額はこの10年で2000億から2500億円に上昇したのは、農業従事者の努力と農事試験場の品種改良、そしてわれわれが担った農業基盤整備があったからこそ。まだ基盤整備が残っている所はある。道路網や交通網インフラ整備にも、お手伝いできることはある。

帯広建設業協会会長を2代連続で輩出、十勝の業界をリードする萩原建設工業
建設業の雇用は大きな問題だ。職人が本州に移るなど減り続けている。過去には農業、林業、漁業の余剰人員を建設業が請け負った時代があった。「コンクリートから人へ」と言うが、人の問題で一番大きいのは雇用のはず。公共工事を減らすなら、建設業の余剰人員はどこへ行けばいいのかと思う。
伝統の上に新手法加える
−業界が生き残る道は。
技術力を上げる。施工はもちろん、地域密着の取り組みも含めてどうしたらよいのか。互いに自覚していくことが必要だ。
−現場社員に伝えていることは。
「知恵を絞ろう」と。こういう時代だからこそ大事。コストを削減するエコや省エネ、施工法についても、現場の独自の方法があっていい。社員一人ひとりが考えて、切磋琢磨(せっさたくま)して一歩進んだ形にする。現場同士がよい意味で競い合い、そこから技術が高まることはある。この大波を乗り越える技術力が生まれる。
−業界の荒波は老舗企業も例外ではない。
老舗と言われる企業には一長一短あり、地元に根付いたお付き合いができる半面、のれんが長いと重いしきたりに縛られ、フットワークが悪くなる可能性ある。
昔からのよいしきたりは残し、考えた結果新しい手法も取り入れる。朝令暮改があってもよい。朝に命令を発して、昼に間違えに気付いたら、どうしたらよいのか考えて夕方には是正する。それぐらいの動きをするべきだ。

あいさつで「厳しい」「苦しい」という言葉は使わない。うつむくと下しか見えない。こういうときこそ顔を上げてポジティブに、十分に熟慮した上で行動を起こす。
−本業以外にクラシックの謝恩コンサートは23回目になった。
何らかの形で地域の人に楽しんでもらえれば−と、副社長時代に私が仕掛けた。昨年は知事表彰を受けた。10、20年の区切りでやめようと思ったことあるが、企業が続くうちは、できるだけやっていきたい。
−十勝の将来に提言があれば。
帯広市長はフードバレーを唱えているが、農業だけでなく、建設業や経済界にも出番がある。農業界と経済界が互いにもっと手を組めば十勝は変わる。北海道で一番有望な地域だと思う。
プロフィール 1951年帯広市生まれ。日大理工学部土木工学科を卒業し、飛島建設(東京)に入社。76年、祖父の延一氏が創業した萩原建設に取締役として入社。常務、副社長を経て2003年に社長に就任。同年から帯広建設業協会会長、10年5月から道建設業協会副会長。
<取材を終えて>
トップの責任感と自負満ちる
公共投資の減少や民間需要の低迷で元気がない業界にあって、萩原社長の言葉には、地域を支える強い責任感と自負が込められていた。業界は環境変化への対応を迫られる一方、北海道独自の地域事情があるのも確か。収量増で食料自給率を上げる農業基盤整備や防災面で活路を見いだそうとしている。若返りを図る道建設業協会の副会長に就いたことで、業界リーダーとしての指導力、発信力はさらに期待されそうだ。




