特集
【市長選のひとびと】(上)米沢陣営
2010年03月22日 15時52分
帯広市長選に出馬を予定している米沢則寿氏(54)、上野敏郎氏(62)をめぐる「ひとびと」にスポットを当て、選挙戦の側面を探った。(帯広市長選取材班)
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米沢陣営の合言葉「きっとね」の下に集まった橘公一氏、長沼透石氏、高橋功一氏、杉浦寿氏、松原信一氏(右上から時計回り)
「会わせたい人がいる」
1月中旬。元市代表監査委員の高橋功一(80)に、米沢則寿連合後援会の会長代行に就いた杉浦寿(69)=杉浦社長=から声が掛かった。2人は町内会(明交町内会)で正副会長の間柄。「町内会絡みの話か」と思った高橋は翌日、自宅を訪ねた杉浦から思わぬ申し入れを受ける。米沢後援会の会長就任を打診されたのだった。
米沢は帯広出身で、帯広柏葉高では後輩に当たった。「自分の息子のよう。企業的感覚を持ち込んで市の経営をやってもらうのにふさわしいと思った」。高橋は会長就任を快諾した。
高橋は市職員時代、議会事務局長として山本忠次、柴田政邦の両議長を支えた。市議OB会「議友会」の総会には毎年出席。保守、革新とも顔が通じ、旧社会党系にも人脈がある。支援組織の核になる人材として最適だった。
同期生が後押し
前回(2006年)の市長選でも浮上したとはいえ、長年、帯広を離れていた米沢にとり支援組織の構築は大きな課題だった。今回は帯広柏葉高の同期生グループ(24期)や経済人有志らでつくる支援組織「幸せのまち帯広を創る会」が中核を担った。代表幹事の橘公一(54)=三恵ペイント社長=は高校2、3年時に、米沢と同じクラスの学級委員長だった。
橘と共に石田宏之(54)=いしだ内科・循環器科院長=らが、帯柏葉の同期組として後押しした。昨年、複数の同期生が顔を合わせた際、自治体経営のあり方が話題になった。帯広のリーダーに思いをめぐらす中で米沢の名前が浮上し、出馬を持ち掛けた。
同時期に米沢と接触していたのが経済人有志。ここで杉浦らとの接点が生まれた。杉浦を引き込んだのが後援会幹事長の松原信一(68)=タム社長。2人は帯広商工会議所議員として現市政にじくじたる思いを抱いてきた。
市長の砂川敏文は「コンパクトシティー」を推進したが、経済界が望んだ形とはかけ離れ、郊外に分散する形に。市街化調整区域の開発をめぐる「白地問題」は市と経済界の間で物議を醸した。「残念な思いをした。自分たちで納得できる市長を立てるしかない」と杉浦は語る。
目黒の支援者も
米沢の周囲には、前回市長選で次点だった目黒精一の支援者も集まってきた。目黒後援会長だった書家の長沼透石(77)は顧問に。米沢の叔父とは小学校で同級生だった。「米沢さんはビジネス経験が豊富。フードバレー構想を提唱するなどスケールが大きい」と期待する。
同じく目黒を応援したスポーツ界の重鎮、丸山賢吉(85)も顧問に。丸山が市文化スポーツ振興財団の理事長時代、副理事長だった杉浦に要請された。「米沢さんは政治家として素人だが、その分、可能性も秘めている」と語る。
米沢の親類・縁者には元市議や元公務員なども。同窓生、経済人有志に目黒人脈と「裏方」の民主…人脈をフル回転させ、初陣に臨む。(文中敬称略)
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