特集
【あの日あの時−十勝ひと物語−】 前ホクレン会長 矢野征男さん(4)
食の安全問題
ピンチのときに組織力発揮
ホクレン会長になってから口蹄(こうてい)疫、BSE(牛海綿状脳症)、産地や消費期限の偽装事件などが相次いで発生しました。ホクレンは、道内の大半の農産物を扱っている以上、食の安全の問題では退任まで気を抜けませんでした。
2000年6月に起きた雪印乳業の集団食中毒事件では、汚染の原因となった脱脂粉乳を生産していた大樹工場が8月21日から54日間の操業停止処分を受けました。同工場へ納入していた大樹、広尾両町の酪農家が生産した生乳の新たな納入先の確保が緊急の問題として浮上しました。
ホクレンは全道の生乳の配乳権を持っているため、他の乳業メーカーに引き受けを依頼しましたが、問題はタンクローリーの手配。特殊車両のため限られた台数しかありません。担当者が道内各地の農協へ足を運び、20台ほどを何とか確保し、生乳を1滴も捨てずに済んだのです。
互助組織の農協だからこそスムーズに対応できました。農協というのは、ピンチのときほど力を発揮できるとつくづく感じました。この年の暮れに大樹と広尾の町長、さらに十勝支庁長が私のもとに来られ、お礼を受けました。
雪印グループは2002年に食肉偽装事件が発覚、グループ製品の不買運動が起き、雪印乳業が債務超過となり、経営危機に陥りました。同社のメーンバンクの農林中央金庫から再建に10億円の出資を求められました。
同社は、道内の4分の1に相当する年間90万トンの生乳を引き受ける乳業メーカーのトップ企業。農水省、全農と協議の上で出資要請を受諾しましたが、道内各地の農協組合長会議では「なぜ、商系の乳業メーカーへ出資するのか」と疑問の声が上がりました。われわれは系統の乳業メーカー、よつ葉乳業を持ち、疑問は当然でした。
「一企業だけの問題では済まない」と説得に当たりました。よつ葉へのホクレン出資額(9億円)に配慮し、ホクレンが6億円を出資、4億円の出資を北海道信連にお願いしました。
雪印問題に積極的に乗り出した当時の全農会長、大池裕さんはJAひだ(岐阜県高山市)の会長で、私のルーツも岐阜県。この問題の対応で懇意にしていた関係がプラスになりました。
食の安全問題では「ホクレンが当事者になれば、事業へ大きな影響を与える」と、職員に危機管理の徹底を呼び掛けました。おかげで18年間の在職中、大過なく終わり、職員に感謝しています。
(聞き手・平野明)
−雪印乳業の経営再建−
経営再建では、チーズなどの乳食品事業を雪印乳業に残し、飲用乳などの市乳事業は切り離して全農、全酪連の市乳事業と統合、日本ミルクコミュニティを2003年1月に発足させた。その後、業績は回復し、昨年10月に雪印乳業と日本ミルクの共同持ち株会社が発足し、経営統合した。
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