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【衝撃1・15 石川議員逮捕】(中)

2010年01月17日 14時44分

小沢直系ゆえの暗転
「期待」と「不運」背負う


 2004年11月。帯広市内で民主党十勝の会合が開かれた。衆院選候補の公募で、絞り込んだ人物の名前が報告された。

 「足寄出身、小沢一郎秘書の石川知裕さん」

 過去の民主系候補にはない響きがあった。若さ、十勝出身、政治的センス、何よりも「小沢秘書」の肩書が新鮮だった。

 「どれも満点だった。擁立に携わった1人として逮捕はショックだ。いまは捜査の行方を見守るしかない」。当時幹事長だった黒田弘氏(元帯広市議会副議長)は肩を落とす。

保守層を開拓
 石川議員はすべてにおいて過去の民主系候補とは毛並みが違った。同郷の縁で鈴木宗男氏の支援が期待できるのに加え、小沢直系の触れ込みで新たな保守層を開拓する可能性も持っていた。

「政治の師」でもある小沢一郎氏=左=の応援を受ける石川知裕議員(2009年1月25日、帯広市内で開かれた石川議員の応援集会)

 民主系市議の野原一登氏は「頭の下げ方、人との接し方、気遣い…、小沢さんの下で鍛えられている−との印象を受けた。中川(昭一)さんの票に近づける人材だと直感した」と語る。

 解散風が吹き始めた05年8月。当時、民主党副代表だった小沢氏が来帯したことがある。石川議員の応援が目的だった。十勝毎日新聞社にも訪れ、「(石川議員は)若いから完ぺきではないが経理会計もやらしており選挙のこともよく分かっている」と語った。

 石川議員は大学在籍時から「書生」として小沢氏に仕え、そのまま約10年間秘書を務めた。この間、小沢氏は新進党から自由党、そして民主党合流と移行し、かつての同志は1人、2人と離反した。小沢氏の苦しかった時期を知る1人が石川議員だった。

 会計事務を任されていたことは信頼の表れだが、これが政治資金スキャンダルに巻き込まれる原因となった。「陸山会」をめぐる事件で石川議員は、04年10月、都内の土地を購入した際に同会の口座に入金した4億円の収入などについて、政治資金収支報告書の不記載を追及されている。一連の報道によると東京地検の調べに対し、故意の不記載を認めている。

 民主党の関係者は複雑だ。「小沢さんの影響力は保守に浸透するのにプラスだったのは間違いない。ただ擁立時、労組内では小沢さんの『評価』に疑念があったことを思い出す」と、今日の事態を受けて振り返る。

もの言えない
 石川議員は04年12月4日の出馬表明後も帯広と東京を行き来し、地元で政治活動を本格化させたのは05年7月。人生の新たなステージに踏み出すことが決まり、最後の奉公に励んでいたのだろうか。

 石川議員をよく知る保守系の政治関係者は一連の問題を受け、「みんな小沢さんとのパイプを期待したのは事実だが、結局のところ、石川さんは小沢さんにものを言える関係ではなかった」と指摘。「不運な面もあるが、こうなった以上、次に誰がまとめていくのかを考えなくては」と漏らす。

 石川知裕という「個性」で機能した革新勢力と一部保守層の連携は、大きく揺らいでいる。(能勢雄太郎)

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