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【王国の軌跡】十勝バドミントン協会60周年(上)
2009年09月30日 15時40分
十勝バドミントン協会(赤川賢二会長)が今年で創立60周年を迎えた。数々の優秀な指導者に支えられ、1950年代半ばから80年代にかけて十勝の高校が全道、全国大会で華々しく活躍した。この間に同協会が主体となり小学生から社会人まで、幅広い世代で底辺を拡大してきた。近年は若年層からの強化にも力を入れ、“王国”の復活を目指している。10月2日午後6時半からは市内の北海道ホテルで節目を祝う記念式典を開く。これまでの歩みを振り返るとともに、次代を担う選手たちを育てる取り組みを紹介する。(古川雄介)
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1950〜80年代
常勝十勝栄光の時代
活躍選手が指導者に

帯三条高男子 59年に全国準V
競技レベルを引き上げたのは50年にクラブができた帯三条高を指導した小林純幸氏(後の道協会会長)だった。競技経験のない小林氏だったが研究熱心さと鋭い観察眼で生徒たちを鍛え上げ、帯三条高男子は55年の全道高校大会を初制覇。59年には全国大会準優勝の快挙を遂げ名をとどろかせた。女子は横山敏氏が率いる帯大谷高と芽室高が全道の覇を競っていた。
このころ帯農高で指導を始めた現十勝協会会長の赤川賢二さん(72)は「初めて三条と対戦した時はこちらが1点でも取ったら、小林先生がその選手に説教していた」と笑う。三条に追い付け追い越せと他校も力を付け、“常勝十勝”の時代は赤川さんの帯農高、上山功夫さんの帯柏葉高と名指導者たちによって引き継がれ約30年間続いた。

帯農高時代のエピソードを懐かしそうに話す赤川賢二会長
かつて高校で競技に取り組んだ世代は十勝に戻り、教員などの立場で町村に散らばり普及に貢献した。協会組織もそれまで高校関係者が中心だったが、小学、中学、家庭婦人や一般にまで競技が普及するにつれ拡大し強固に。中学生の大会も協会主催で開催して機会を広げ、小学生大会は全道オープンとして他地域との交流も促進してきた。
現在十勝管内での競技人口は約2000人という。少子化の影響などで参加者の減に悩む他団体がうらやむほど、大会は活気に満ちている。赤川さんは「今の小学生はほとんどが親がバドミントンをしていた世代。これまでの活動が少しずつ実を結んでいる」と話す。指導者から教え子へ、親から子へ、バトンは受け継がれながら発展の道を歩んでいる。
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