特集
【あの日あの時−十勝ひと物語−】 前大樹町長 福原勉さん(5)
多目的航空公園の建設、整備
舗装化理解の町民らに感謝
大樹で宇宙開発関連の実験が初めて行われたのは1992年10月でした。ロケット回収システムの開発を目的としたものでした。翌93年には小型ロケットによる超音速パラシュート実験も行われました。
当時の宇宙科学研究所は、ロケットが大気圏に再突入する際に、パラシュートを放出して減速するシステムを開発していました。大樹では小型ロケットを発射、パラシュートが開く状態を地上のビデオカメラで撮影しました。実験の規模は小さかったかもしれませんが、宇宙のまちを推進する立場として大いに勇気付けられたものでした。
そんな折、宇宙科学研究所の小型飛行機「ドルニエ」の飛行実験を大樹で行いたいという要望がありました。当時は東京の調布市で行っていましたが、都会で多くの制約があり思うような実験ができず、何とか大樹で実施したいというのです。滑走路が必要でした。予算は限られており、専門家の意見も聞きながら93年、町多目的航空公園設置に着手しました。95年にオープン、幅60メートル、長さ1キロの未舗装の転圧滑走路を整備しました。
土ぼこりが立つなどの問題もあり、利用の高度化を図る意味で98年に舗装化に踏み切りました。結果的にこれが大成功だったと思います。一般企業や大学も実験に訪れるようになりました。舗装化に理解を示してくれた町民や議会、職員らに感謝しています。マスコミにも多く取り上げてもらいました。大樹の取り組みの認知度を高めることになりましたね。
昨年5月、JAXA(独立行政法人宇宙航空研究所)と連携協力協定を締結し、大気球を使った科学実験も実施されています。大型飛行船の格納庫や大気球管制棟なども増設されました。未舗装の時代からみると随分、立派な施設になったものです。今後も航空公園を大いに活用してほしいと願っています。
宇宙科学研究所の配慮で、98年4月には橋本龍太郎首相(当時)主催の「桜を見る会」の招待を受けました。妻と2人で参りましたが、新宿御苑の広大さとサクラの美しさに感心したものです。
妻の則子とは職場結婚です。町の保健婦(現・保健師)でした。1女を授かり、忙しいながらも楽しい日々を送ることができました。娘は嫁いで札幌にいますが、月に1回は妻と遊びに行っています。現職時代は大変苦労を掛けました。冠婚葬祭で私が回りきれないときは代理で出席してもらいました。
今は感謝の気持ちを込めて一緒に旅行に行ったりしています。家事も手伝いますよ。テレビで料理番組を見てメモを取ったり写真に収めたりしています。
いろいろな人との出会いにも恵まれ、幸せな人生を歩んでいます。ミニバレーなどを通じて知り合った沖縄、東京、石川の友人たち。私の大きな財産です。人生訓である「和」を大事にしながら生きてきました。今後も変えることなく大切にしたいと思います。
(聞き手・北雅貴)
この項おわり、次回は井上壽さんです。
−大樹町多目的航空公園−
1993年、事業費1億1000万円を投じて牧草地と山林を切り開き建設。面積は36ヘクタール。独立行政法人宇宙航空研究所(JAXA)は2004年に同航空公園で「成層圏プラットフォーム定点滞空飛行実験」を行ったほか、08年からは大樹航空宇宙実験場で大気球の放球実験を展開している。
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