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「絵画と写真の交差 印象派誕生の軌跡」絵画と写真の協奏曲(上)

2009年03月06日 10時05分

五木田聡氏

 印象派の画家が生活した19世紀後半のパリ。この時代、ユゴーの小説に出てくるような暗くて狭い路地裏の景色が一変し、オスマンが推進した大規模な都市改造のおかげで、昼は太陽の光、夜はガス灯の光があふれる明るいパラダイスに変貌(へんぼう)しつつあった。また鉄道の普及は、風景画の主題選びの幅を広げ、チューブ絵の具の発明は、画材を携帯して戸外で作品を仕上げることを可能にした。

 こうした近代文明の恩恵に浴し、都市生活者である印象派の画家のまなざしは変化してゆく。自然光のもと、新しい環境と視点からの観察によって、新鮮な画像が得られるようになった。さらにもう一つ、誕生したばかりの視覚芸術の武器が画家の心をとらえた。それが写真である。写真は現前する世界を正確にとらえたので、画家の視覚を修正することとなった。光を媒介として世界を再現する芸術は、光を友として描く印象派の誕生を促したのである。

近代描写 共鳴し合う双生児

「水平線上のスコール」 ギュスターヴ・クールベ 1872−73年 油彩、カンバス 東京富士美術館蔵

 印象派の先駆者のひとりクールベは、写実という命題のもとで写真を有効に活用した人である。写真家ル・グレイとクールベには共通の楽想があり、フォンテーヌブローの森やノルマンディーの海の波涛(はとう)を描写する時、彼らは手にする楽器こそ異なるものの、同じメロディーを奏でていた。

 1860年代後半、印象派の画家の中で最年長のピサロは、パリ近郊のポントワーズの丘で、印象派の手本となるような風景画を描いていたが、そのころ、まだ20代の若いモネとルノワールは、セーヌ河畔の遊び場で、水面に文様を作る光の効果の再現に夢中になっていた。モネの作品では、筆触分割による大胆な色面構成で描く水の表現に非凡な目が感じられる。これが約30年後に始まる「睡蓮」連作への道程の第一歩であった。

 1870年代は印象派の輝かしい勝利の時代である。新しいパリの景観として画家が目を注いだのは、群衆の行き交う大通り、鉄道の駅や橋などのスポットであった。対象を多様な角度から描くのも特徴で、建物の中から外界を見下ろす視点も多くなる。カピュシーヌ大通りを往来する群衆を黒い斑点のように描いたモネの作品は、写真を参考にして描かれたものと推測されている。印象派の中で最年少のカイユボットは、カメラのような目をもった画家で、広角レンズのゆがみを駆使した構図法には写真の影響が色濃い。絵画と写真は近代社会を描写する視覚表現の双生児であり、相互に共鳴し合うまなざしを持っていたのである。
(東京富士美術館副館長・五木田聡)

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