特集
「絵画と写真の交差 印象派誕生の軌跡」によせて(2)
写真の誕生1839年。ダゲレオタイプ(銀板写真)
東京都現代美術館学芸員 横江 文憲

「エジプト、エデュフ寺院の正面外観」 ジュール・イティエ 1845−46年 東京富士美術館蔵
写真術は、何時どのように認知され、どのような形で全世界に広まっていったのだろうか。写真生誕の年とされる1839年。紀元前より知られていた、暗い部屋に小さな穴を通して外界の世界が反転して映ることを、科学的に留めようと考えたことから、写真術の研究が始まるのである。
フランス人ダゲール(1787−1851年)は写真術を完成させ、自分の名前を冠してダゲレオタイプと命名したのである。この研究を評価した物理学者であり天文学者、フランス下院議員であったドミニク・アラゴは、フランス学士院でダゲレオタイプの利用の意義を次のように述べている。
「エジプトのテーベ、メンフィス、カルナック等の巨大遺跡に書かれた膨大なヒエログリフを写し取るのに、何十年の歳月と素描家を必要とするところを、ダゲレオタイプを使うことで、たった1人で満足できる結果を得ることができるであろう」
このアラゴの発言は、ナポレオンがエジプトより持ち帰った事物、調査をまとめた『エジプト誌』(1809年から22年にかけて刊行)が熱狂的なエジプト熱をヨーロッパ中に巻き起こしていたことに起因すると考えられる。フランス政府はこの技法の特許権を買い取り、全世界に公開したことから、このニュースは、瞬く間に世界中に広まったのである。
ダゲレオタイプとはどういうものなのか。日本では銀板写真と呼ばれており、まさしく金属の銀板上に得られる画像である。正しくは、銅版に銀めっきをしたものであるが、これをカメラに入れて露光し、取り出した銀板を水銀蒸気で現像するのである。露光時間は初めのころは30分くらいかかっていたが、すぐに改良され、数分で撮影できるようになる。銀板上に現れる画像は、精巧で美しく「記憶を持った鏡」と呼ばれ、人々を魅了した。
今回紹介する写真は、ジュール・イティエがエジプトを撮影したダゲレオタイプで、大変珍しい写真である。フランスの税監察官であったイティエは、1843年に中国に赴任、アマチュアの写真家として広東やマカオで人物や港を撮影し、帰路、シンガポール、アデンを経由して45年11月にエジプトに到着後、カルナック、エデュフなどの遺跡を撮影した。その中の1枚である。暗室などの設備が整い、薬品の入手も簡単なパリで撮影された写真は数多くあるが、エジプトで撮影されたダゲレオタイプは、貴重である。
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